勅使川原三郎(演出家・振付家・ダンサー)× 佐東利穂子(ダンサー)

多重・多層的な『月に吠える』となるはずです

 『月に吠える』をやりたい。勅使川原三郎はふとおもう。その後、萩原朔太郎のその詩集刊行から100年に、偶然、気づく。ひとつのシンクロニシティがおこっている。
「明治になった、外国文化が入ってきた、侍がいなくなった――江戸時代から明治時代の変化は革命期だったし、混乱期でもあった。それが一段落し、ヨーロッパでは第一次大戦が起こった時期が、(芸術的に)おもしろいと感じているのです。現代に通じるすごく大きなうねりの中で、芸術家たちがこれまでと違った作品をつくりだす。かたや世界情勢は不穏になってくる。病的で厭世的でありつつ、アイロニカルな視点というのか、芸術や文化といった領域では、人の歪んだ力がでてくる」
 詩集『月に吠える』刊行の1917年、サティの《パラード》初演があり、翌年にはドビュッシーがこの世を去った。
「ことばのアイロニーが朔太郎にはあるのです。その人自身を投影してもいる。こうした姿勢はいまの時代にもっとあっていい。いま、ネガはネガ、ポジはポジ。日本語をカタカナにし記号化しているようで、ただ自分たちを枠にはめているだけ。でも、アイロニーの力というのがあるんじゃないか。それは身体的なものであり、地に落ちてまでよく見ようとする姿勢です」
 『月に吠える』はいくつもの詩でできている「詩集」だ。
「どれかの詩を描写したりはしません。詩一篇ずつの解釈をしたいんじゃなくて、どうしてこの詩を書こうとしたのか、朔太郎はどういう人なんだろうか、そのときの精神はどういうものなんだろうか。それをできたらいいな、と。ただ朗読を入れようかとはおもっています」
 音楽と呼ばない・呼べないような振動やノイズ。勅使川原作品にはこうした「音」が登場する。一方、既存のよく知られた音楽もまた。
「朔太郎は『懺悔』という言葉を使いますよね。誰もいないところだからこそ跪き、頭をたれたときに唯一聞こえてくるとしたら――その緊張感が音楽だとおもう。詩とか音楽がやんだとき、何が聞こえてくるのか。どうして悲しみとか絶望という言葉を大事にしたいのか――それは離したくないから、失いたくないから。絶望から離されたくないから。もし絶望がなくなってしまったら、なんて空しいんだろう。自分はなんとも頼りなく、麻痺してしまったら、きっと絶望も悲しみも感じないだろう、と。
 朔太郎は、詩は文字で書ききれないと言っています。そこにある自分への皮肉めいた緊張感がすごくある。緩んでいる、軽やかにみえる、でも、同時に、語っていない部分の強烈な緊張感があったのではないか」
 勅使川原のダンスにあっては佐東利穂子の存在も欠かせない。
 「からだが華奢、というか、まるで神経だけがあるような細さ、薄さ。フィラメントと言うのですが、浮いているように軽く、でも、ひとたび電流がはしると強烈なものになる。存在の仕方だけが稀有だった」と師は評する。
 もともとワークショップに参加していたが、大勢のワークショップ生が出演する公演を機に、次々にステージにあがることになった。
 佐東利穂子自身のことばを引こう。
「技術のない身体だったので、基礎を教わりたいと、KARASのワークショップにたどりついたんです。基礎がない、と言うと、ほとんどのところでは、まずはバレエを学ぶべきだ、と言われてしまいました。でもKARASでは自分自身の身体をコントロールする方法をゼロから学べた。だから、何もなくて良かったな、といまはおもいますね」
 今回の公演はほかのKARASの、また、外国のダンサーらもステージにあがる。
「イタリアとフランスから2人のダンサーが出演します。すでにほかのプロジェクトに参加していて、私のダンスメソッドを学んでいます。しかし各々とても個性的に体現し、グループとして違和感のない存在です。様々異なったキャリアのメンバーがそろい全体が『ポリフォニック』なものになります。さらに舞台美術・照明が加わって多重・多層的な『月に吠える』となるはずです」
取材・文:小沼純一 写真:吉田タカユキ
(ぶらあぼ2017年8月号より)

【Profile】
勅使川原三郎 

1981年より独自の創作活動を開始。85年にKARASを設立。既存のダンスの枠組みに捉えられない新しい表現を追求している。呼吸を基礎にした独自のダンス・メソッドと、光・音・空気・身体によって空間を質的に変化させる独創的な作品が世界中で高く評価されている。東京・荻窪にある活動拠点カラス・アパラタスでは、年間を通して「アップデイトダンス」シリーズを上演。今年7月に開館4周年を迎える。今年10月にはパリ・オペラ座バレエ団へ3度目となる振付新作を発表。

佐東利穂子
1995年からKARASワークショップに参加。96年より勅使川原三郎振付の全グループ作品に出演。刃物のような鋭利さから、空間に溶け入るような感覚まで、質感を自在に変化させるダンスは衝撃的なまでに美しく、ダンスの新しい境地を切り開く特別な存在として世界中から注目を集めている。勅使川原の芸術において欠かすことのできない存在であり、勅使川原の他舞踊団への振付作品では振付・演出助手も務める。レオニード・マシーン賞他、受賞多数。

【Information】
萩原朔太郎『月に吠える』刊行100年記念
勅使川原三郎『月に吠える』

2017.8/24(木)19:30、8/25(金)19:30、8/26(土)16:00、8/27(日)16:00
東京芸術劇場 プレイハウス

振付・美術・照明・衣装・選曲・出演:勅使川原三郎
出演:佐東利穂子 鰐川枝里 マリア・キアラ・メツァトリ
   パスカル・マーティ(イエテボリ・オペラ・ダンスカンパニー) 他
問:KARAS 03-5858-8189 
http://www.st-karas.com/