勉強することが好き。調べることが好き〜アマランタをめぐって| ヴィタリの心の歌 第6回

F.P.トスティの作品は歌曲だけでも350以上です。あるインタビューのときに「トスティの歌曲の魅力、彼の特徴は何ですか?」と聞かれて、私はすぐに答えました。「トスティの歌曲の中で美しくない曲はありません」。

もちろん、「ラ・セレナータ」「マレキアーレ」など、カンツォーネのような曲が一番知られているけれど、トスティの素晴らしい才能をきちんと理解するためには彼の芸術歌曲を聴いた方がいいと思います。特にガブリエーレ・ダンヌンツィオの詩で作った曲。

ダンヌンツィオは音楽がとても好きで、ギター、マンドリンが上手でした。歌にも興味をもって、時々自分の詩を歌にしたいと思い、音楽をのせやすいように詩を書きました。彼の友人のトスティは天才詩人のダンヌンツィオのテキストをとても大事にして、歌詞のスタイルに合わせて、いつもダンヌンツィオが望んでいる曲を作るようにしました。だからこそ、「2つの小夜曲」「 アマランタの4つの歌」は最高です。

© Masaaki Hiraga

私は初めてアマランタを聴いたときにロミオとジュリエットのストーリーだと思いました。1曲目はジュリエットにとっては朝がくることが苦しい、ロミオと離ればなれにならなければない。2曲目は彼の、若い男の熱烈な歌。夜だけが欲しい、昼を見るよりも死んだ方がいいと。次の曲はジュリエットがロレンツォに自分の絶望の気持ちを伝える。最後の曲はロミオが自殺した後、彼がいないので自分も死のうと決めるジュリエットの歌。こんな想像をしました。その後、自分でアマランタについて調べてみましたが、詳しいことはわかりませんでした。だから、ロミオとジュリエットの話だというのは自分のイメージだけとして、歌うときにも私の想像をお客さんに話して、「嘘かもしれないけど、今回はこんな感じで聴いてください」と伝えていました。

しかし、曲のことをちゃんと調べないまま歌うと歌詞の深さを理解できないですし、お客さんにもこの曲の本当の素晴らしさを伝えられないと思って、もっと詳しくリサーチしてみました。

それでもほとんどの解説にあるのは、1907年、トスティ作曲、ダンヌンツィオ作詞、だけ。ときどき音楽的な説明がありますが、なぜこんな歌詞になっているのか書いてありませんでした。そんな中、ようやく「ジュゼッピーナ・マンチーニのことだ」と書いてある本に出会いました。だけど彼女は誰??

彼女の名前で検索したら、たくさんのイタリア人のフェイスブックのページが出てきたので(笑)、次に「マンチーニ/ダンヌンツィオ」で調べたら、遂に2人のストーリーが出てきたのです。

アルコール中毒の夫との生活で苦しんでいたジュゼッピーナ・マンチーニ伯爵夫人は、ダンヌンツィオに出会ったとき、35歳で子どもが2人いました。彼女は普通の女性でしたが、ダンヌンツィオの方は少しドン・ジョヴァンニのような人で、恋人が大勢いたのです。マンチーニ夫人のことも好きになって、恋人にするために色々頑張りましたが、彼女はいつも要求を断ります。そして1年かけてダンヌンツィオはやっと勝利しました。「危険な関係」ですね? でも、彼は実在している女性そのものではなくて、いつも自分の中に女性の美しいイメージを勝手に作り、それを実在する女性に当てはめて恋をしたそうです。なので、新しい恋人を本当の名前だけで呼ぶのではなく、前の恋人の名前や特別な名前をつけることもありました。詩人だから、仕方ない(笑)。

そんなマンチーニさんの一つの愛称は“アマランタ”でした。アマランサスの花。

ジュゼッピーナとダンヌンツィオは20ヵ月間密会を重ねているうちに、彼女は詩人のパッションに取り込まれながらも、夫や子どもたちの嫌がることをしているという罪の意識で、精神的な問題を持つようになります。ないものが見えたり、自分に話しかけたりするようになり、遂に精神病院に入れられてしまいます。マンチーニは実際にはダンヌンツィオより30年も長く生きましたが、彼が恋したアマランタはそこで死んでしまいました。

夜しか会えない、密かに恋する二人。自分の運命を受け入れて、死ぬアマランタ。事実とは違うけれど、ダンヌンツィオの眼から見た二人のストーリーは、まさにロミオとジュリエットではなかったでしょうか。