出口大地(指揮)from エレバン(アルメニア)
海の向こうの音楽家 vol.2

 ぶらあぼONLINEの新コーナー、「海の向こうの音楽家」。テレビなどで海外オケのコンサートを見ていると「あれ、このひと日本人かな?」と思うことがよくありますよね。国内ではあまり名前を知られていなくとも、海外を拠点に活動する音楽家はたくさんいます。勝手が違う異国の地で、生活に不自由を感じることもたくさんあるはず。でもすベては芸術のため。このコーナーでは、そんな海外で暮らし、活動に打ち込む芸術家のリアルをご紹介していきます。

 第2回は、先日ハチャトゥリアン国際コンクール指揮者部門で、見事優勝を果たした出口大地さん。同コンクールは、20世紀アルメニアの国民的作曲家、アラム・ハチャトゥリアンの名を冠した権威ある登竜門のひとつで、今回で17回目を数えます。現在、ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学修士課程に在籍中の出口さんですが、このコロナ禍にアルメニアに向かい、コンクールを受ける大変さは想像に難くありません。快挙の裏にどんな苦労があったのか、ベルリンに戻った出口さんに、さっそくエレバンでの様子をレポートしていただきます。

文・写真:出口大地

 「それはあなたのミスでしょう!!」

 アルメニア時間午前7時、自他ともに認める温厚かつネボスケな私がこんな時間に声を荒げたのはもちろん人生初めてである。

 時はさかのぼって2時間前。アルメニア・エレバンの空港に降り立った私は、執拗なタクシーの客引きに疲弊していた。数時間に1本しかないバスを待つ私に、小太りで背の低い男が私のそばにべったりとくっついて「ミスター、ミスター、10ダラー!アイムグッドタクシー!」と連呼し続けてくる。何度断っても「ユーミステイク!ミスターミスター!」。エンドレスで続くミスター攻撃を受けること1時間。最終的に長旅の疲労もあり折れてしまった私は、5ドルなら乗ると値切り契約成立……のはずだった。

空港から見たアルメニアの魂、アララト山

 ホテルに着くと彼は突然「5ダラープラスガソリン代入れて10ダラー!」と手のひらを返し、ついにはお前の勘違いだから早く払えと吠え出したので、冒頭の怒声に至ったわけだ。  怒鳴り合いはホテルのコンシェルジュが間に入ってなんとか沈静化。本来は14時からのチェックインなのに無料ですぐ部屋に入れてくれたり、朝食ビュッフェも使わせてくれたり、あげくは「Sir, 日本からいらしたのですね、私が最も行ってみたい国でございます」と露骨に機嫌取りをされてようやく事態は収まった。

 そんな最悪な印象から始まったアルメニア生活だが、暮らしていくうちに大好きな国になった。渡航前は吹奏楽少年だった自分にとって正直A.リード作曲「アルメニアン・ダンス」のイメージしかなかったのだが、気候は温かく自然豊か、さらに物価もめちゃくちゃ安い。世界最古のキリスト教宗主国家であり、千年以上前の教会がうじゃうじゃとある(法隆寺よりも断然古い)。

 アルメニア人は、上の世代は英語が苦手だが、慣れると人懐っこく、ホスピタリティに溢れている。それはコンクール参加者への対応にも表れていて、例えばハチャトゥリアンのお墓に全員をバスで連れて行ってくれて献花させてくれたし、ハチャトゥリアン博物館ではガイドの元、ハチャトゥリアンの趣味がお人形集めだったことや、食事の際はよだれかけを必ずつける習慣があったが大柄すぎてサイズがなく時にテーブルクロスを首に巻いていたことなど、様々なことを学ばせてくれた。 また驚くことに、このパンデミックの中でもこの国は完全に沈静化しているらしく、レストランは普通に営業しているし、コンサートもマスクもなしに満席で行われていた。ベルリンに住むアルメニア人の友達がエレバンに帰りたいと言い続けていた意味がよく分かった。

 本選一次には三桁の応募の中からビデオ書類審査を経て20人が招待されている。それぞれが3日に渡って振り分けられ演奏会を行う。全部で20分かかるプログラムに与えられたリハーサル時間はたった30分。その短い時間であの手この手を使って自分の音楽をオーケストラに浸透させていく。審査員は演奏会にだけ現れ、その演奏を審査する。

 私の出番は初日だった。前日に渡された現代曲とハチャトゥリアン作曲スパルタクスのアダージョ、そしてベートーヴェン交響曲第2番を演奏した。オーケストラはアルメニア国立交響楽団。初めて振った時はハチャトゥリアンのあまりの上手さに衝撃を受けた。そしてその後全く弾けないベートーヴェンにさらに衝撃を受けた。

 幸運にもファイナルの6人に選ばれたが、なんと私の出番は1番。フィギュアスケートなどの採点競技も同じだが、コンクールにおいてトップバッターは印象に残りにくい上に基準点となるため点数が伸びにくく、圧倒的に不利である。こりゃ優勝は厳しいな……と思い、どうせなら思いっきりインパクトを残してやろう!と気持ちを切り替えたのが功を奏した。ファイナルで演奏したハチャトゥリアンの交響曲第2番は鬼気迫る演奏になったと思う。

会場となったオペラハウス

 結果発表は大勢の観客の前でガラコンサートの形式で行われた。極度の緊張状態、30度を超える気温に燕尾服着用、コンクリートのように硬い椅子に座ったまま会場で1時間半待たされ続け次第に意識も朦朧としてくる中、次々と戦友たちの名が呼ばれていった。 

 そしてついに第1位の発表。会場が突然しんっと静まりかえり、全ての目がアナウンサーの口元に集まる。糸を張るような静寂の後、その口元がゆっくりと開いた。

 「ダイチ、ダグッ、デグチ」 自分の人生が変わった瞬間だった。

表彰式。よく見るととても疲れている (c) Khachaturian International Competition

 優勝者は生前指揮者でもあったハチャトゥリアンの使用していた指揮棒を使って、彼の交響曲第2番第4楽章を演奏することになっていた。舞台上で指揮棒を受け取り、価値あるものを手おびえる仕草をして一笑いを取ってから(この辺りは関西人の血である)一度舞台袖にはけると、四方八方から「国宝だから本当に気を付けて」と真剣なまなざしで注意された。 そんなもので指揮させるなよ……と思いつつ指揮台に戻るも、指揮棒を譜面台にぶつけないか気になって正直演奏どころでなかった。演奏後インタビューで「ハチャトゥリアンの指揮棒を使っての演奏、やはり特別な思いはありましたか」との問いに、「はい、ハチャトゥリアンの音楽が降りてきました!」と満面の作り笑顔で答えたのは、ここだけの秘密である。

ハチャトゥリアンの指揮棒使用中。姿勢が悪い (c) Khachaturian International Competition

 次の日の朝、延泊の手続きを忘れていてフロントから電話がかかってきた。

「Sir, チェックアウトのお時間ですが」
「あっすいません、延泊の手続きを忘れていました。今からでも間に合いますか?」
「もちろんです。それとSir, 昨日はおめでとうございました」
「えっ、どうしてそれを?」
「私、お客様のチェックインをお手伝いした者です。良い旅を」

 ベルリンの自宅に帰ってきて数日、どこを探してもハチャトゥリアンのスコアが見当たらない。アルメニアの出来事すべてが夢だったんじゃないかと、いまだに思う。

入賞者たちと (c) Khachaturian International Competition

出口大地(指揮)

Daichi Deguchi

 第17回ハチャトゥリアン国際コンクール指揮部門にて日本人初の優勝。ロッテルダム国際指揮コンクール(ICCR)をはじめ、4つのコンクールでセミファイナリストに選ばれる。

 1989年大阪府豊中市生まれ。 関西学院大学法学部卒業後、東京音楽大学作曲指揮専攻(指揮)卒業。現在ハンスアイスラー音楽大学ベルリンオーケストラ指揮科修士課程に在籍中。

 これまでアルメニア国立交響楽団、マグデブルクフィルハーモニー、ブランデンブルク州立管弦楽団(ドイツ)、カルロヴィヴァリ交響楽団(チェコ)、ドナウ交響楽団(ハンガリー)、カザフ国立交響楽団(カザフスタン)など国内外で数多くのオーケストラを指揮。2021年4月にはベルリン放送交響楽団の公演にてバイエルン州立歌劇場音楽監督ヴラデミール・ユロフスキ氏のアシスタントを務めた。

 また多くのマスタークラスにオーディションを経て選抜されており、ヤルヴィ・サマーアカデミーにてネーメ・ヤルヴィ、パーヴォ・ヤルヴィ、クリスティアン・ヤルヴィ各氏から二週間にわたり薫陶を受けたのをはじめ、ハンブルク音楽演劇大学指揮科教授ウルリッヒ・ヴィントフール氏、チューリッヒ芸術大学指揮科教授ヨハネス・シュレーフリ氏それぞれのマスタークラスに招待された。オーケストラアンサンブル金沢主催・第四回井上道義氏による指揮講習会では優秀者に選出。オペラの分野においても2016年「ドン・ジョヴァンニ」を指揮、「フィガロの結婚」「愛の妙薬」「こうもり」「伯爵令嬢マリツァ」「蝶々夫人」など日本オペレッタ協会を始めとした様々なプロダクションで副指揮者を務めた。

 加えて吹奏楽、合唱、現代音楽の新曲初演を多数手掛けるなど活動分野は多岐にわたる。

 幼少よりピアノ、15歳よりホルンを学ぶ。指揮を広上淳一、田代俊文、三河正典、下野竜也、クリスティアン・エーヴァルト、オペラ指揮をハンス・ディーター・バウム、現代音楽指揮をデイヴィット・コールマンの各氏に師事。

 東京およびベルリンを拠点に各地で活動中。

出口大地 ウェブサイト
https://daichideguchi.wixsite.com/daichideguchi