サックスを通じて“僕”という人間が形成されました
「サックスは“人間”そのもの。喜怒哀楽すべての感情を音で表現できますから。クラシック、ジャズ、ロック、ポップス、演歌、そして現代音楽まで、サックスを通してあらゆるジャンルの音楽に触れた30年間、そこで“僕”という人間が形成されました。人生を何度やり直しても、僕は絶対にサックスを選ぶことでしょう」
そんな確信に満ちた笑顔で穏やかに語るのは、日本が世界に誇るサクソフォン奏者、須川展也。この度、デビュー30周年を記念し、東京と彼の地元・浜松で行うコンサートの聴きどころを聞いた。
東京公演は、前半が室内楽、後半が吹奏楽団と共演する２部構成。須川の“現在”をすべて楽しめるのが魅力だ。前半では鈴木大介（ギター）、小柳美奈子（ピアノ）、そして須川が27年にわたり所属するトルヴェール・クヮルテットと共演。華々しく洗練された掛け合いが期待される。
鈴木とは、過去にも度々共演しているピアソラ「タンゴの歴史」から、〈カフェ1930〉と〈ナイトクラブ1960〉を取り上げる。
「10年以上の付き合いになる大介君は、音楽の引き出しが実に豊富。共演者と言葉ではなく、音で対話ができる稀有な演奏家ですね。『タンゴの歴史』はフルート＆ギターが原曲。ギター・パートがとにかく難しいので、大介君は非常に心強いですね。サックスらしい美しさと格好良さをお届けしたいと思います」
須川が最も多く共演しているピアニストの小柳とは、長年磨き上げてきた十八番の２曲、吉松隆「ファジーバード・ソナタ」と、カッチーニ「アヴェ・マリア」を演奏する。
「1991年に僕が委嘱した『ファジーバード』は、今ではサックス・ソナタのスタンダードになりました。特殊技巧がふんだんに盛り込まれた難曲ですが、全３楽章がアルト・サックスの吹きやすいヘ長調で書かれているので、まったくストレスはありません。それが普及の大きな要因にもなったはずです。カッチーニの『アヴェ・マリア』は様々な楽器で演奏されていますが、今回は朝川朋之さんの名編曲で。シンプルなメロディをあえてゴージャスな形でお楽しみください」
トルヴェールの演目には、小柳も参加。長生淳「プライム-クライム-ドライヴ」をピアノ五重奏版で世界初演するというから楽しみだ。
「同じメンバーで30年近く、密度の濃い練習を重ねてきたトルヴェールは、僕の人生の最も大きな誇りのひとつですね。この作品は、サックス四重奏と管弦楽のための協奏曲が原曲。タイトルが示す通り、サックス四重奏で音楽界を疾走し、高みへ駆け上ろうという思いが込められています。でも、協奏曲であるがゆえに公演回数が少ないため、今回の30周年を機により多くの演奏機会を持てればと、長生さん本人に編曲を依頼したのです」
そして、2007年から須川が常任指揮者を務めるヤマハ吹奏楽団と共演する後半は、ボルテージが最高潮に。須川指揮のA.リード「アルメニアン・ダンス・パートⅠ」で幕を開け、続く真島俊夫「Birds」より〈シーガル〉では吹き振りを披露。さらにJ.マッキーの協奏曲ではソリストも務め、八面六臂の活躍を繰り広げる。
「ヤマハの従業員で構成されるこの楽団は、全国大会で何度も金賞をとっている名門。浜松生まれの僕にとっては小さな頃から憧れでしたし、そこで指揮の経験を積めたことは、とても勉強になりました。音楽全体を見渡す洞察力が格段に高まりましたし、サックスを吹く上でも無駄な動きが少なくなったように思います。ですから今回は、彼らへの感謝を込めて、その実力と魅力を存分にお伝えできる３曲を選びました」
編成が大規模で、吹き振りが困難な最後の協奏曲では、須川が約20年もコンサートマスターを務めた東京佼成ウインドオーケストラ時代からの盟友・山下一史に指揮を依頼。彼の指揮や人間的な魅力を尋ねると次のように語ってくれた。
「彼の最大の魅力は、豊かで熱い音楽性！ そして、楽団メンバー一人ひとりにまで気を配れること。だから、音楽にも彼の温かく優しい人柄が滲み出てくるのです。僕も同業者の端くれとして、技術と人間性の双方で大いに見習いたいと思います」
東京公演の約３週間前に行われる浜松公演は、前半が須川と小柳のリサイタルで、後半が須川とヤマハ吹奏楽団の共演。プログラムも東京と異なるので、須川およびサックス・ファンには両公演の聴き比べをぜひともお勧めしたい。
取材･文：渡辺謙太郎 写真：中村風詩人
（ぶらあぼ2014年4月号から）
須川展也 デビュー30周年記念コンサート
★4月29日（火・祝）13:00・東京文化会館
問：イマジンチケットセンター03-3235-3777
http://www.concert.co.jp
須川展也 デビュー30周年記念コンサート in 浜松
★4月5日（土）14:00・アクトシティ浜松 中ホール Lコード：45829
問：浜松市文化振興財団053-451-1114
コンサートイマジン03-3235-3777