木越 洋(チェロ)

興趣溢れるイメージで聖典を描いた注目の新録音

 NHK交響楽団の首席奏者を32年間務め、現在はソロ活動や後進の指導のほか、イルミナートフィルハーモニー等でも活躍中の木越洋。彼は1月にバッハの無伴奏チェロ組曲全曲のCDをリリースする。20年以上にわたって同作品の全曲演奏会を毎年開催してきたベテランにとっても初となる、まさに満を持しての録音だ。

 同曲集はむろんチェロ奏者のバイブル的存在である。
「我々にとっては日常の曲、1日1回1曲は弾くべき作品です。これはバッハ全体の魅力でもあるのですが、弾くたびに新しい発見があり、今度はここをこう弾きたいと常に思う、汲めども尽きぬ音楽ですね」

 演奏にあたって心がけている点、難しい点も多々ある。
「すべてが譜面に書かれてはいないんです。自筆譜が残っていないのが最大の要因なのですが、アクセントやスラーの位置等々、何が正解かわからず、プレイヤーの裁量に任されている部分が多い。ちなみに私は原典版に近いベーレンライター版をベースにしながら、不明点は唯一の頼みの綱であるアンナ・マグダレーナ・バッハの写本をあたるようにしています。テンポにも流行りがあって、今回私はやや遅めにきっちりと弾いています。また舞曲ではステップを意識しています。例えばサラバンドは2拍目にステップ、すなわち大きな動きがあるといったようなことです」

 なお彼は、5弦の高音楽器用に書かれた6番も「通常の楽器で」、弾きやすいよう変則調弦の指定がある5番も「普通の調弦で」弾いている。また「繰り返しはすべてしていない」とのこと。

 そして特に興味深いのが、CD解説に自ら記した各曲のタイトル。ここに彼が抱く曲のイメージが表されている。
「プレリュードが各曲全体を象徴している、例えば同じサラバンドでもそれに沿って曲ごとに意味が違うと思うのです。そこで私が感じている性格や内容を記しました。1番は『大自然への賛歌』、2番は『困難に対峙する人々への応援』。2番は以前大切な人との別れや悲しさを感じていましたが、今は力強いメッセージがあるような気がしています。3番は『始めに声(ことば)ありき』、いわば宗教の心ですね。4番は『勝利の美酒』、変ホ長調と相まって凄いことを成し遂げたような思いを感じます。5番は自分ではなく誰かの偉業を讃える『伝説(レジェンド)』で、6番は『天上の楽園』。すべてが上手くいって金のお風呂に入っているようなイメージです。こうした具体的な物語があった方が感情移入しやすく、愉しいのではないでしょうか」

 これらを踏まえて今回のCDを聴いてみるのも新鮮で面白そうだ。
 3月には福岡で全曲演奏会も予定されているが、 まずはこのCDでキャリア豊富な名奏者の真価を体験したい。
取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ2021年2月号より)

木越 洋 J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲 全曲演奏会
2021.3/8(月)18:00 福岡/あいれふホール
問:上田さとこチェロ教室
celloueda-otoiawase@yahoo.co.jp
https://www.ensemble-celleste.com

CD『J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)』
マイスター・ミュージック
MM-4086-87(2枚組) ¥4000+税
2021.1/25(月)発売