過去と現在の傑作を行き来する聴取体験の中で、今ここに生きている実感を
「この半年間、時間の流れ方が一気に変わりました。コンサート一本一本がとても貴重でありがたく、凝縮して取り組むことができています」
落ち着いた口調で、力を込めて語る成田達輝。来たる10月27日の浜離宮ランチタイムコンサートでは、敬愛する一柳慧の作品2曲と、ベートーヴェンのソナタ2曲とを交互に組み合わせる。
「価値の確定している過去の傑作と、新しさに満ちたコンテンポラリーの作品とを組み合わせ、200年、300年という時間の隔たりを行き来する——そうした聴取体験の中で、私たちは今ここに生きているという実感を得たり、同じ景色がこれまでと違って見えるような感覚を得ることができると思うのです。昨年おこなったバッハと現代の作品を組み合わせたコンサートからの着想なのですが、今後はライフワークとしていきたいプログラミングです」
一柳作品に初めて真っ向から取り組んだのは、2017年の「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」の世界初演だった。
「それを機に、一柳さんのその他のヴァイオリン作品もいろいろと弾いてみました。まったく古びることなく、絶えず新しい光を未来に向けて放射するような作品ばかりでした。どうしたらこんなに、いつでも新しさを感じさせる音楽を書き続けることができるのだろうか、と本当に不思議です。作品を分析してもわからない。ただ、一柳さんはいつも過去と向き合って、そこから醸成される未来の新しい形を、現在において紡いでおられるのだと思うのです。そしてその姿勢はベートーヴェンも同じだと思います。両者のバックグラウンドはまるで違うけれども、『絶えず新しさがある』というのが共通点。作品を交互に聴くことで、そのことをより実感していただけるのではないでしょうか」
一柳作品は「フレンズI」(1990)と「シーンズIII」(1980)の2曲。
「『フレンズI』は3分ほどの短い曲で、非常にシンプル。楽譜も余白が多いのですが、まったく無駄のない、意志の込められた音が並ぶ美しい作品です。『シーンズIII』という作品の印象をあえて言葉にするならば、知性が絞り出す音の組み合わせで描かれた人間の原風景。僕はそんなイメージで捉えています」
ベートーヴェンは10曲あるソナタのうち、第7番ハ短調と第10番ト長調という対照的な2作品を選んだ。
「性格のまったく異なる2つのソナタです。7番は求心的な性格。何か一つの答えを求めて、揺るぎないエネルギーで切り込んでいくような作品。一方の10番は、答えはいろいろなところにあって、一つの答えの中にも多様な世界があるのだ、という豊かな広がりを感じさせる作品です」
共演するピアニストは小林海都。マリア・ジョアン・ピリスのもとで研鑽を積む実力派だ。
「昨年、海都くんが仙台国際音楽コンクールのセミファイナルでベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を演奏しているのをネット配信で聴きました。素晴らしい演奏でしたが、彼は次のステージへ進めなかった。そのことに僕は大きなショックを受けて、知り合いではないのに、すぐにSNSからご本人にメッセージを送り、僕の感動を伝えたのです。それがきっかけで、今回の初共演となりました。彼は音楽を信じ、愛し、自然な美しさを引き出せるアーティストです」
過去と現在の音楽、そして成田と小林の邂逅。その出会いによって生まれる「新しい」音の世界への期待が高まる。
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ2020年10月号より)
浜離宮ランチタイムコンサートvol.201 成田達輝 ヴァイオリン・リサイタル
2020.10/27(火)11:30 浜離宮朝日ホール
問:朝日ホール・チケットセンター03-3267-9990
https://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/