前代未聞の快挙が続く
ヴッパータール響との来日公演等で熱狂的支持を集める上岡敏之が、指揮者として「第九」とピアニストとしてベートーヴェンのピアノ・ソナタ集のCDを同時にリリースする。これはおそらく前代未聞だ。
「第九」は、「創設150周年の意味もあって、8年ぶりにヴッパータール響で演奏した」2012年9月のライヴ録音。既成概念を排した上岡のアプローチのもと、清新な快演が実現している。
「楽譜は、ベーレンライター版を基本にし、論議のある箇所は自筆譜に従いました。速度指定は、数字自体よりも、4分音符=60ならあくまで4分音符で音楽を感じて、8分音符=120と考えないことを優先しました。またベートーヴェンの音楽はブレスをするように書かれていないので、そのためのタメや間合いは絶対に避けました」
“苦悩から歓喜へ”の見方も若干異なる。
「第1楽章は『何とかしなきゃいけない』という苦悩で、最後は幸せに『なる』のではなく、幸せを『勝ち取る』。そうした要素が凝縮されています」
弦の刻みの強調や歌劇場オーケストラならではの歌謡性も印象的だが、特に衝撃的なのは、第4楽章のテノール・ソロへの移行部分。合唱の「Gott」のフェルマータが異常に短く、しかも間髪入れず次のトルコ・マーチに入る。
「“ゴート”と長く延ばすとドイツ語では間に“h”が入ってしまいますし、『神様の前で』と言った途端にトルコ・マーチが始まるのは、ロマン派的な突然さの指向。一旦切って雰囲気を変えるのならば、ベートーヴェンの性格からみて休符を置いたと思うのです」
一方、“ピアノ・ソナタ集”は、「月光」、「テンペスト」、第32番など。本格的な演奏内容には、心底驚かされる。
「ベートーヴェンの交響曲を振るときはピアノ・ソナタを勉強しますし、これらは録音した時期にコンサートで弾く機会があった演目。元々ピアノは好きで、スコアを読む際にも必ず触っています。それに毎朝バッハの曲を弾いてからコーラを飲む(笑)のが生活習慣なんです」
11月には「日本では最も長い付き合い」の読響で、ブラームスの交響曲第3番と、デジュー・ラーンキを独奏に迎えたピアノ協奏曲第2番を指揮する。
「3番の交響曲は、私が8年間総監督を務めたヴィスバーデンで作曲されましたし、ブラームスの中で最も内面的な音楽。1番好きな曲です。ラーンキは共演歴も長く、スコアに対する謙虚な態度やアプローチの仕方が魅力的。今回はすべての希望が叶いました」
2014年からはヴッパータール歌劇場のインテンダント(総裁)に就任し、「オペラも交響楽団も舞踊団も演劇もすべて統括しながら演奏もする」。これまた日本人には稀な快挙。今後いっそう上岡から目を離せそうにない。
取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ2013年11月号から)
上岡敏之(指揮) 読売日本交響楽団 第531回定期演奏会
★11月22日(金)・サントリーホール
第160回東京芸術劇場マチネーシリーズ
★11月24日(日)・東京芸術劇場
問 読響チケットセンター0570-00-4390
http://yomikyo.or.jp
【CD】
『ベートーヴェン:交響曲第9番〈合唱〉』 COGQ-65
『ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ〈月光〉〈テンペスト〉第32番 他』 COGQ-64
各¥2940 (SACDハイブリッド盤)
日本コロムビア