本岩孝之(声楽)

愛の歌はバリトンがふさわしい

 “声楽家”本岩孝之が、CD『バリトンでうたう愛の歌』をリリース、そして記念コンサートを開催する。自身6枚目となる今回のアルバムは、実は初めて“バリトンのみでの”CDとなった。そう、本岩孝之は、カウンターテナーからバスまでをこなすという驚くべき喉の持ち主なのだ。どのような経緯でこのような驚異的なことができるようになったのだろう?
「もともとテノールで勉強していて、大学にもテノールで入ったのですが、先生からバリトンやバスの曲も歌えると言われて、やってみたら低い声も出たわけです。ただ、声質的にはテノール的な繊細さがあるので、僕自身はやはりテノールだと思っていましたし、イタリアに留学したときもテノールとして先生に教えてもらいました。その後90年代に入って、ちょうどカウンターテナーが流行り始めたときに、『僕もできるよ』と軽い気持ちで関係者に聴かせたところ、それはすごい!っていうことで仕事がきたんです(笑)。僕にしてみれば、裏声で歌うというのは少年少女合唱団のころにすでに覚えていたことで、難しいことではなかったのですけれどね」
 カウンターテナーとして歌うことに並行して、バリトンでもオペラの役を歌い、さらにテノールとしても訓練を続けた。「どれかに決めるべきと散々悩みましたが、やがて全部をやってもいいのじゃないか」と思うようになった。一回のコンサートで、バス、バリトン、カウンターテナーのすべての声を聴かせることでファンを増やしている。今回のCDとコンサートは、すべてバリトンで歌われるものだが、選曲はクラシック・ファンにはお馴染みの名曲からシャンソン、富士山にちなんだ曲など、かなり多彩。
「去年くらいから『バリトンだけのCDは無いのですか?』と聞かれることが多くなってきたので、そうしたリクエストにお応えしようと、今回は“オール・バリトン”ということになりました。プログラムについては、私の好きな曲を選んだということなのですけれど、みなさんの普段の生活のなかに、もっともっとクラシック音楽を取り入れて欲しいという願いがありますので、聴き心地の良さは大切に考えますね」
 自然豊かな山梨に惚れ込み、甲府へ居を移した。来年は日本の文化と西洋音楽の融合を図った《MABOROSI〜オペラ源氏物語》(林望作劇・二宮玲子作曲)で主演も務める。
 「私はクラシック音楽が大好きです。その素晴らしさを、心から多くの方々にお伝えしたいのです」
 稀有な才能を生かす本岩孝之の多彩な活動の原点は、この言葉に集約されているといえるだろう。
取材・文:吉羽尋子
(ぶらあぼ2013年11月号から)

★11月22日(金)・池袋/自由学園明日館 
問 及川音楽事務所03-3981-6052
http://oikawa-classic.com

【CD】『バリトンでうたう愛の歌』
ベルタレコード YZBL-1035 ¥2500