五木ひろし

今は、“共演の時代”です

 圧倒的な歌唱力で、長きにわたり日本人の心を捉え続けてきた五木ひろし。「よこはま・たそがれ」の大ヒットで一躍スター歌手となったのは、1971年のこと。大晦日のNHK紅白歌合戦には、同年の初登場から現在まで連続出場中。今も年間約300のステージに立つ歌謡界の大御所だ。作曲も手がけるなど多方面で活躍する中で、30年以上にもわたり、数々のオーケストラとの共演も重ねてきた。
「オーケストラとのジョイントコンサートは、私の歌手人生の中で、ひとつの大きなライフワークといえるものです。演歌の世界をそのまま再現するのではなく、クラシックのオーケストラならではの表現で、普段とは少し違う世界を聴いてほしい。ですから編曲も大切になります。自分の歌がこういう編曲になるのかという驚きもあって、とても興味深い経験です」
今回、五木が出演するのは《五木ひろし&豪華オペラ歌手陣+N響メンバーの夢の競演 ふれあう時間、楽しく! 彩のチャリティーコンサート vol.2》。二期会の大島幾雄(バリトン)と腰越満美(ソプラノ)、クラシックはもちろん幅広いレパートリーを持つ錦織健(テノール)、そしてN響メンバーによる室内オーケストラとの、異色のコラボレーション企画だ。オペラ歌手たちがクラシックの名曲を届けるのに加え、五木は自らの代表作をオーケストラ編曲版で披露する。
オーケストラとの共演ではやはり歌い方も変わるという。
「私はマイクを使って歌いますが、オーケストラと合わせるときには、できる限り生の声を聴かせる気持ちで臨みます。楽器の生の音に自分の歌声を溶け込ませるという感覚です。以前、『第九』日本語バージョンのバリトンパートを歌ったこともあります。ハーモニーのひとつとなって歌うという普段と異なる感覚には、なじむまで時間がかかりましたが、のめり込んで一生懸命勉強しましたね」
クラシック音楽については、奥様(元女優の和由布子)のほうが詳しく、自宅でもよく流れているそうだ。一方、五木自身が夢中なのは、楽器を演奏すること。ヴァイオリン、チェロ、フルート、サクソフォンなど20種類ほどを操り、腕前も相当なものとして知られている。
「好きな気持ちが高じて、一通りの楽器を演奏するようになりました。特に、弦楽器の特別な哀愁を感じる音がたまらなく好きです」
舞台、作曲、レコーディングと実に多忙だが、休みたいと思うことは基本的にないという。
「結局、音楽が好きなんですよね。歌っているときでも、楽器を演奏しているときでも、音楽のことを考えているときでも…音楽に関わっている時間はまったく苦になりません。責任感はありますが、あまり仕事という意識はなく、楽しいという気持ちが大きいからだと思います」
なかでもライヴのステージの喜びは特別なもの。
「その一瞬にすべてをかけて歌う。二度と同じ瞬間はありません。いろいろな形で簡単に音楽が手に入りやすくなった現代、みんなで時間を共有し、感動をそのまま受け止めることができるライヴは、より大切なものになってゆくと思います」
今回は、第一線で活躍するクラシック声楽家たちとの一度きりのコラボレーションとあって、より貴重な時間となりそうだ。
「今は、“共演の時代”です。アーティストたちがお互いの持つ良いものを出し合い、新しい世界を創り上げることに、すすんで挑戦するようになりました。幅広い音楽を手軽に聴くことができる時代になって、異ジャンルを組み合わせることの垣根が低くなったのでしょう。このコラボレーションをきっかけに、普段演歌を聴かない方にも、新しい音楽との接点を見つけてもらえるかもしれません。なつかしい昭和の歌謡曲をクラシックのアレンジにして歌うことで、一種の日本の古典として伝える機会を増やしていけたらと思います。クラシック好きの方にも、ぜひ足を運んでほしいですね」
言葉を伝えることにこだわったその歌唱は、心に沁みる。一度生の歌声を体感すれば、五木の歌が愛され続ける理由がよくわかるだろう。

取材・文:高坂はる香 写真:中村風詩人
(ぶらあぼ2013年10月号から)

五木ひろし&豪華オペラ歌手陣+
N響メンバーの夢の競演
ふれあう時間、楽しく!
彩のチャリティーコンサート vol.2
★10月28日(月)18:30・埼玉会館
問:テンポプリモ03-5810-7772
http://tempoprimo.co.jp
チケット:ローチケLコード31422