愛の言葉を旋律にのせて ――モンテヴェルディのマドリガーレを歌う
モンテヴェルディ生誕450年だった2017年は、作品の演奏回数が一昨年から倍増したとも言われ、日本のモンテヴェルディ受容史上、特筆すべき年となった。しかしそんな狂騒を横目に、モンテヴェルディのマドリガーレ集全曲演奏という偉業に、じっくり着実に取り組んでいるのが、ソプラノの鈴木美登里らの声楽アンサンブル「ラ・フォンテヴェルデ」だ。13年から続けてきた全曲シリーズが、今年の2回の定期演奏会でいよいよ完結する。
「モンテヴェルディが生涯にわたって書き続けたのが世俗曲の形式であるマドリガーレ。ですからそれを辿ることで、若い頃から晩年まで、作曲法の変遷が読み取れます」
モンテヴェルディのマドリガーレ集は、20歳から71歳までの間に出版した8巻と、その死後に編纂された1巻を加えた全9巻、約170曲からなる大山脈だ。ラ・フォンテヴェルデの全曲シリーズは、おおむね出版順に、しかし曲の内容や編成によって各回ごとのまとまりにも配慮しながら進んでおり、残り2回は第7巻から第9巻の後期作品が中心となる。
「後期のマドリガーレでは、若い時に使っていた手法をちらっと見せたり、斬新な書法を持ち出したり、多様なスタイルが一曲の中にめまぐるしく現れ、変化に富んでいるのが特徴です」
4月公演では、副題になっている《薄情な女たちのバッロ》(第8巻)での、舞踏との共演も注目される。この作品は、ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂楽長に就任する前のマントヴァ時代のもの。
「アモーレとその母親ヴィーナス、冥界の王プルートの3人の会話で進んでゆくのですが、ゴンザーガ家の結婚式のために書かれた作品で、舞台装置や衣裳もちゃんと作って上演されたという記録が残っている、もはや小さなオペラです。その最後にダンスが出てくる。今回踊っていただく市瀬陽子さんは舞踏史の研究や振付も手掛ける大ベテラン。どういうものになるのか、私もとても楽しみにしています」
このダンスの件がそうであるように、できる限り当時の形のままで演奏しようというのが基本的な姿勢。
「モンテヴェルディが求めた音を、こちらの都合で変えてしまわないように、作曲家や作品の魅力が前面に出るように心掛けています」
ラ・フォンテヴェルデの結成は2002年。当時日本にほとんどなかった、マドリガーレを中心に演奏する専門アンサンブルだ。
「マドリガーレは、16〜17世紀を中心に、当時人気のあった詩に音楽を付けたものです。当時の恋愛観など、人間の感情や生きざまがそのまま音になっている音楽。詩も、ダイレクトに人の心に入っていくような内容で、今でいえば、ポップスに近いと思います。ただ、モンテヴェルディの時代の、後期のマドリガーレは、詩も非常に文学的なものに変わってきて、それに伴って音楽も複雑になってゆきます。そしてその最後の作曲家がモンテヴェルディです。人々の興味が、新しく生まれたオペラに一気に向いてしまい、マドリガーレは、本当にピタッとなくなってしまったのです」
そのマドリガーレの最後の輝き、その円熟の極みが、シリーズ・ファイナルとなる残り2回のコンサートに詰まっている。
「アンサンブルを中心にした曲、ソリスティックで劇的な表現、器楽やダンスとの共演など、ヴァラエティ豊かなモンテヴェルディの魅力を知っていただけるプログラム。全曲のシリーズですが、1回だけを聴いても必ず楽しんでいただけます」
日本語字幕付きなので、歌詞の内容はもちろん、言葉と音楽の融合を理解する助けにもなるはずだ。451年目のモンテヴェルディ。日本人演奏家たちによる偉業のラストスパートを、ぜひ見届けたい。なお、モンテヴェルディのマドリガーレに本格的に向き合うためには、コンサートと並行して進行中の全曲CDもおすすめ(ライヴではなくセッション録音)。現在第4巻までがリリース済みで、こちらも貴重なレガシーとなる。
取材・文:宮本 明 写真:武藤 章
(ぶらあぼ2018年3月号より)
【Profile】
京都市立芸術大学声楽科大学院修了後、兵庫県芸術文化海外留学助成金を受けオランダに留学。グレゴリオ聖歌からバロック期に至る古楽声楽とアンサンブルを、Dr.レベッカ・スチュワート、マックス・ファン・エグモントに学ぶ。留学中より国内外の古楽グループのソリストとしてコンサートツアー及びレコーディング活動に参加。2000年に帰国してからは、特に初期バロックのソロ声楽曲及びマドリガーレの研究に力を注ぎ、コンサートや講習会など積極的な活動を展開している。声楽アンサンブル ラ・フォンテヴェルデ主宰。
【Information】
ラ・フォンテヴェルデ
モンテヴェルディ マドリガーレ集全曲演奏シリーズ最終章
第26回定期演奏会 〜円熟期Ⅲ:薄情な女たちのバッロ〜
2018.4/13(金)19:00
第27回定期演奏会 〜円熟期Ⅳ:戦いと愛のマドリガーレ〜
2018.12/7(金)19:00
浜離宮朝日ホール
※第27回の発売:4/16(月)
問:朝日ホール・チケットセンター03-3267-9990
http://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/
特別講座「響きの文学 モンテヴェルディのマドリガーレ」
2018.3/29(木)16:00 朝日カルチャーセンター新宿教室
問:朝日カルチャーセンター新宿教室03-3344-1945
http://www.asahiculture.jp/shinjuku/