大切なのは感じたままに演奏すること
2010年ショパン国際ピアノコンクールでの演奏で、多くのピアノファンの心をとらえたロシアのニコライ・ホジャイノフ。このとき本選で共演したワルシャワ国立フィルと、1月に再びショパンのピアノ協奏曲第1番を演奏する。指揮はヤツェク・カスプシック。
当時18歳だった彼も今や20代半ば。世界各地のオーケストラとショパンを共演する経験を重ね、作品への理解を深めてきた。
「天才の手による真のマスターピースは、書かれた瞬間から作品自身が生きているので、演奏のたびに自然と新しい表現を見つけることができます。そうして発見したハーモニーや抑揚を試していくことは、喜びです」
ホジャイノフの弾くショパンの魅力の一つは、独特の歌いまわしで表現する詩情にある。その絶妙なゆれをどう掴んでいるのだろうか。
「ショパンの音楽は、よくベッリーニのオペラで聴かれる、永遠に続くかのような長いメロディラインと比べて語られます。ルバートしながら自由に感情を伝えるなかでも、全体の流れが常に見えていなくてはいけません。新しい表現を目指すあまり、毎秒ごとに“心を胸から取り出す”ような抑揚をつけてしまえば、全体の構造が壊れてしまいます。大切なのは、何かを人工的に作ろうとせず、感じたまま演奏すること。そこに嘘や作りものがあれば、聴き手に受け入れられません」
もう一つ彼の演奏の特徴として挙げられるのは、繊細に鳴らされるピアニッシモ。大きなホールですみずみまで届く細やかな音を鳴らすには、相当なテクニックと勇気が要りそうだ。
「やわらかい音を聴き手に届け、特別な空気をつくることには大きな意味があると思います。その楽器で可能な限界を超える静かな音を鳴らすことができたとき、音楽はすばらしいものになるのです」
音楽以外で今一番興味があるのは、文学や言語だというホジャイノフ。日本文学も読み、最近は舞台から日本語で挨拶をして聴衆を驚かせることもある。そんな彼に、日本文学に親しむことで、ショパンが日本で人気を集める理由について気づいたことはないか尋ねてみた。
「日本人は繊細な心の持ち主。『平家物語』の荒々しい性格を持つ登場人物でさえ、最期に美しい辞世の句を詠むのですから。人生や過去の記憶の美しさを大切にする感性を持っているのでしょう。そこにショパンと通じるものを感じます」
言語を学ぶことは、「複雑な世界を考えるうえで、今まで想像しなかった新しい地平を開いてくれる」そうだ。新年のサントリーホールでは、我々の心に寄り添う繊細なショパンを届けてくれることだろう。また、コンサートでは、パデレフスキ「序曲」とドヴォルザーク「新世界」交響曲もとりあげられる。
取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ2018年1月号より)
ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団 ニューイヤー・コンサート
2018.1/15(月)19:00 サントリーホール
問 ジャパン・アーツぴあ03-5774-3040
http://www.japanarts.co.jp/
※ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の来日ツアーの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。