バッハ演奏に一石を投じる録音登場
J.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲」を、フルートで演奏するのは無謀な挑戦なのだろうか。いや、そこに音楽としての確かな説得力が存在するのであれば、楽器の存在を超えた本質へと迫り、聴き手の耳と心をつかまえるのだろう。であるとするなら、ランパルもニコレも、ゴールウェイも成し遂げなかった全6曲の録音に工藤重典が挑んだということは、フルートの新しい可能性を追求する注目すべき出来事に違いない。
3月25日に発売された『J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第1番ー第3番』は、その幕開けとなる一枚なのだ。
「弦楽器の曲を管楽器で演奏するためには、重音の処理やブレス(息継ぎ)など多くの課題がありますけれど、音楽的に高いレベルのものを実現しなければ意味がありません。歌手が言葉を大事にしてブレスをするように、器楽であっても音楽の流れを損なわずに息をしたり、重音の処理においても柱となる音をしっかりと吹くことで、バッハの音楽を作り上げている威厳や存在感が出せるのです」
だが、フルートで演奏することにより原曲の価値を損なってしまってはいけない。
「移調せずに吹いていることも、そうしたこだわりのひとつです。逆にクーラントやジーグのような舞曲ではフルートの軽やかさによって、新しい魅力に気づくこともあるでしょう。これを聴いたチェリストに『この曲の新しい一面を知ることができた』『こういう音楽の作り方もあったのか』と言われたら、最高のほめ言葉かもしれませんね」
バッハの音楽はフルートにとっても重要なレパートリーだったが、ピリオド楽器にやや押され気味となり、モダン・フルートで演奏する場がなくなってきたという。
「そうした状況が残念だという思いもありますし、若い世代のフルーティストが音楽の基本ともいえるバッハの音楽を、あまり知らないという現実も打開したいとも思います。マイスター・ミュージックにはチェロ組曲第4番〜第6番も録音しますし、無伴奏ヴァイオリンの曲にも挑戦してみたいと思っています。ペーター=ルーカス・グラーフがやっていたように、いろいろな作品から曲を選び、自分だけの無伴奏ソナタを再構成するのもいいですね。あらためてモダン・フルートとバッハの音楽を結び付け、演奏できるチャンスを増やしたいのです」
「感心はするけれど感動できない演奏はしたくない」という工藤だけに、どのような曲であれバッハの演奏は特別なものになるだろう。その信念と自然な音楽を、まずこの一枚のCDで味わってほしい。
取材・文:オヤマダアツシ
(ぶらあぼ 2017年5月号から)
CD
『J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第1番ー第3番/工藤重典(フルート)』
マイスター・ミュージック
MM-4006
¥3000+税