ノルマ役を歌い演じるうちに自分の声に新しい力が加わったのを感じます
「ベルカント・オペラの女王」と呼ばれ、多くのオペラ・ファンから敬愛されるソプラノ、マリエッラ・デヴィーア。低い音域から超高音まで響きを変えずに歌い進める姿を、発声法の理想形として崇める後輩歌手は多い。そのデヴィーアが今年7月と10月に上演される共同制作オペラ《ノルマ》のタイトルロールとして出演する。
《ノルマ》はイタリア・オペラの最難関たるベッリーニの傑作。敵方の大将を愛した古代の巫女の揺れる胸の内を、21世紀の大プリマはどのように演じる?
「ノルマを初めて演じたのは2013年4月、イタリアのボローニャです。自分のオペラ・デビューは1963年で、しかも小さい役でしたから長い年月をかけてついに辿り着いた境地であることは確かですね。今まで取り組んだベルカントものと《ノルマ》には、本当に大きな違いがあります。ノルマは激しい葛藤を抱える女性ですが、彼女を歌い演じるうちに、自分の声に新しい力が加わったのを感じます。ベッリーニの楽譜に漲る抑揚やアクセント、楽想記号の指示、それらの全てが私に『これまでにないパワー』を要求してきて…私も一所懸命勉強して舞台に臨みました」
ドルイド教の巫女がローマの武将と恋に落ちて子供ももうけたものの、男は若い巫女に心を移して三角関係になるという《ノルマ》。デヴィーアのレパートリーでは、この役はメロディが最も激しくドラマティックである。また、民衆の猛々しさやノルマの父の複雑な胸中など、人間の感情が様々に絡み合うのもこのオペラの奥深さだろう。
「ベッリーニでは、《カプレーティ》《清教徒》《夢遊病の女》《イル・ピラータ(海賊)》など歌ってきましたが、《ノルマ》の難しさは段違い。声楽書法の面でも、それは見事に書かれたオペラです。歌の道のりというのは、それこそ『順を追って取り組む』ものなのですよ。マスタークラスでも皆さんに繰り返し伝えますが、正しい順序でレパートリーをものにしなければなりません。勝手に飛び越えたりしたら声を傷めてしまいます。持ち声の年齢的な変化や成長に合わせて、役柄を選んでいかないと。でも、そうした選曲眼は、優れた指揮者や共演の皆さんと共に育むものでもあるのです。パヴァロッティさんやクラウスさんと一緒に舞台に立てたことは私の幸せでした。今回は、長年親しいメゾソプラノのラウラ・ポルヴェレッリさんと共演し、日本の若い皆さんともご一緒できるのが楽しみです」
あくまでも控えめな語り口のデヴィーア。それは悲劇のヒロインに相応しい佇まいでもある。一方、彼女は喜劇のオペラも得意とし、舞台で爆発的な勢いを見せることも。日本でもテレビ放映された《イタリアのトルコ人》(ロッシーニ)では、恋敵と取っ組み合いになる有閑マダムの役柄をそれは雄弁に演じて喝采を浴びていた。
「スカラ座のプロダクションですね。あの、皆で互いに服をはぎ取っていくという喧嘩のシーンは、演出家の要請で1ヵ月もかけて練習したのですよ(笑)。同じ役を日本でもやりましたが、そちらはもっと穏やかな描き方でした。でも、考えてみれば、同じ作品でも演出家のアイディアで全然違ってくる、その『振れ幅の大きさ』こそオペラの醍醐味かもしれません。今回の《ノルマ》でも、皆様に私の新境地をお見せできるよう励みますね」
取材・文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ 2017年5月号から)
日生劇場×びわ湖ホール×川崎市スポーツ・文化総合センター×藤原歌劇団×東京フィルハーモニー交響楽団
共同制作公演 ベッリーニ:歌劇《ノルマ》全2幕
(イタリア語上演・日本語字幕付)
7/1(土)、7/2(日)、7/4(火)各日14:00
日生劇場 *7/2のみノルマ役は小川里美
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
http://www.jof.or.jp/
10/22(日)14:00 川崎市スポーツ・文化総合センター
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
※5/26(金)発売
http://www.jof.or.jp/
10/28(土)14:00 びわ湖ホール
問:びわ湖ホールチケットセンター077-523-7136
※5/13(土)発売
http://www.biwako-hall.or.jp/