浦川宜也(ヴァイオリン)

新解釈を反映したバッハ音楽の真髄

Photo:N.Shiraiwa
Photo:N.Shiraiwa
 長年国際的な演奏活動を続け、教育面での実績も輝かしいヴァイオリン界の重鎮・浦川宜也が、バッハの無伴奏ソナタ&パルティータ全6曲を34年ぶりに再録音し、記念リサイタルを行う。
「この30年の間に、アーティキュレーションを大事にした古楽の方々の解釈のおかげで、バッハが面白くエキサイティングな音楽になってきました。私自身もその影響を踏まえて今一度見直したいと思い、録音及び演奏会を行うことにしました」
 今回の大きな要素のひとつが、ヘルガ・テーネ女史の「ゲマトリア」の研究に基づく解釈だ。
「『ゲマトリア』とは文字を数字に置き換える作業。バッハの音楽に、この観点からみた宗教的な背景があることがわかってきましたので、今回はそれを参考にしながら弾こうと考えました」
 リサイタルでは、あえて2曲のみ演奏する。
「6曲を演奏会で聴くには相当な忍耐力が必要ですし、理解度にも限界があります。そこで、一番有名な『シャコンヌ』を含むパルティータ第2番と、バッハが書いたフーガの中で最も長いとされる楽章を含むソナタ第3番だけを選びました。その代わり、『ゲマトリア』のことや、バッハの場合とても重要な“音楽の構造”─特にソナタ第3番のフーガ─等について、それぞれ10分程度お話しします。内容が深い曲ですから、予備知識をもって聴いていただいた方が、味わいもいっそう深まると思います」
 具体的な演奏法には、「アーティキュレーションを大切にする」ほかに2つの例が挙がる。
「最近は、バロック音楽の特徴である“通奏低音”をより意識しながら弾いています。また付点音符を複付点に近いリズムで弾く。これも古楽の方たちが実践してきたことですね」
 「シャコンヌ」に関しては興味深い話がある。
「浄書譜の書かれた1720年、バッハが君主ケーテン公との旅行から戻ると、妻のマリア・バルバラが亡くなっていました。そこでこの曲は、妻の鎮魂のために書かれたとの見方が、『ゲマトリア』の研究から出されています。また中間部で長調に変わる点には、短調=見えない所から、長調=見える所に人間が出てきて、短調=見えない所に帰る…といった哲学的な意味を感じています。バッハは鍵盤楽器奏者でしたが、チェンバロにこうした曲はありません。ヴァイオリンにこの曲を託したのは、そこに特別な思い入れがあったからではないかと思うのです」
 浦川の示唆に富む話は内容豊富で、とても書き切れない。公演及びCD(ヒビキミュージックよりリリース/公演当日に先行発売予定)の解説でぜひ確かめてほしい。なお、会場の横浜みなとみらいホール(小ホール)は、「演奏会を聴いて、とても響きが美しく、ここでバッハを弾いてみたいと思った」ので選ばれた。その点も含めて大いに注目したい。
取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ 2016年10月号から)

J.S.バッハ無伴奏ソナタ、パルティータ全6曲新録音完成記念
浦川宜也 ヴァイオリンリサイタル
10/29(土)19:00 横浜みなとみらいホール(小)
問:ソレイユ音楽事務所03-3863-5552
http://www.soleilmusic.com