武満作品を弾いて自分が日本人であることを実感した
ギタリストの松尾俊介が武満徹アルバムを録音した。これまで、武満作品の演奏はおおむね作曲者を直接知る世代が担ってきたが、1979年京都生まれの松尾は、武満との接触がない世代だ。
「武満さんが亡くなったのが96年で高校1年生のときでしたから、ご本人とは一度もお会いしていません。今回のアルバムは武満作品の音に対する純粋な憧れだけで作りました。僕にとって武満さんは、現代の作曲家というよりは、バッハやシューベルトに近い感じです。みなさんが“武満さん”と呼んでいますので、僕も“武満さん”と言いますが、本当は“さん”と呼ぶには少し畏れ多いですし、モーツァルトのように呼び捨てにするわけにもいきません」
最初に武満徹の作品を学んだのも、パリ国立音楽院留学中だった。フランス人のギター科教授(オリヴィエ・シャッサン)と「一緒に譜面を紐解いた」という。そして、フランスで武満作品を弾くことで自分が日本人だと実感したという。
「どっぷりとフランスに浸かっていたはずの僕が、日本人だなと感じる瞬間がありました。油絵と水墨画の違いというのでしょうか。水墨画で白いまま背景を残すように、僕はギターの音が減衰していくのを何も手を加えずに放っておける。武満さんはそういう間(ま)の捉え方をしていたと思います。パリの教会で武満さんの『エキノクス』を弾いたとき、間のあいだに外からの音が聞こえてきたのです。それが、子供の頃、飼っていたシマリスを埋葬するために(京都の)吉田神社の森に行った際、森の中で聞こえてきた色々な音と似ていると感じました。フランスで弾いているのに日本の情景が浮かんできたので、自分自身で驚きました」
アルバムでは、ギターのためのオリジナル作品の間にアレンジもの(武満編曲作品)が挟まっている。
「リスナーが聴きやすいように曲順にはこだわりました。武満作品では、最初と晩年で、ギターの扱いが劇的に違います。『フォリオス』では硬質でソリッドな音だったのが、『森のなかで』では、ギターらしい余裕のある音で自然に歌えるようになっている。また同曲では、びっくりするほどロマンティックな瞬間があります。『エキノクス』や『すべては薄明のなかで』を『12の歌』と同じように聴いていただけると、うれしいです。パリの街角の小さなコンサートで初めて武満さんの曲を弾いたとき、地元のおじいちゃんやおばあちゃんが大喜びして『何か良い曲だね』と話しかけてくれたのですが、そういうことがこのCDを聴いた人々にも起こればいいなと思っています」
取材・文:山田治生
(ぶらあぼ 2016年10月号から)
CD
『エキノクス〜武満徹へのオマージュ〜』
マイスター・ミュージック
MM-3089 ¥3000+税
9/24(土)発売