混迷の時代に響く「ドイツ・レクイエム」──
名匠トレヴァー・ピノックが紀尾井ホール室内管と結実させる渾身のステージ

Trevor Pinnock
紀尾井ホール室内管弦楽団 首席指揮者

傑出した作品は常に「生きた音楽」であり「新しい音楽」なのです

 2022年より紀尾井ホール室内管弦楽団(KCO)の首席指揮者をつとめるトレヴァー・ピノック。9月の定期演奏会ではブラームスの名作「ドイツ・レクイエム」を取り上げる。先日、東京・春・音楽祭出演のために来日していたピノックに、本公演にむけての意気込みを訊いた。

 「『ドイツ・レクイエム』は小さい頃から親しんできた作品で、今の時代にふさわしい曲だと思って選びました。ブラームスはある意味、とてもモダンな人間であったと私は思います。これは伝統的なレクイエムではなく、死を扱いつつも、生を祝福し、人生のさまざまな場面を映し出した作品です。非常に充実した人間味にあふれる音楽で、世界がカオスのような現代こそ聴くべき作品といえるでしょう」

 意外なようだが、ピノックが「ドイツ・レクイエム」を指揮するのは初めてだという。

 「子どものころ、カンタベリー大聖堂の聖歌隊員だったときに、合唱の楽章をいくつか歌いましたし、その後もなんども聴く機会があり、いつかは指揮したいと思っていました。そして来季、日本製鉄紀尾井ホールの休館中に東京オペラシティ コンサートホールでなにを演奏しようかと考えるなかで、『ドイツ・レクイエム』が浮かんだのです」

 これまでピノックはKCOとは、シューベルトやメンデルスゾーンなどを主としてドイツ・ロマン派の作品を取り上げてきており、その流れを受けてのブラームスなのだろうか。

 「そうした意図はありません。私は音楽を時代区分で考えることはなく、常に、私にとって特別な思い入れのある作品を取り上げてきました。傑出した作品は時代を超えて受け継がれるものであり、常に『生きた音楽』であり、『新しい音楽』なのです」

 「ドイツ・レクイエム」の特色について次のように語る。

 「まず、ブラームスが合唱の扱いを心得ていたこと。彼自身、合唱をよく指揮しましたし、合唱音楽のレパートリーに通じていました。第二に、バッハの伝統の継承です。ブラームスのすべての根底にバッハがありました。彼はバッハと同じく、バス声部から音楽を構築したのです。そして第三に、レクイエムの歌詞を注意深く選んだことです。彼はある意味で新しいレクイエムを作りたかったのですが、興味深いことに、17世紀にハインリヒ・シュッツが同じような聖書の言葉を選んでいたのです。ブラームスは過去の音楽に情熱を注ぎ、バロックの作曲家の楽譜も刊行していましたから、そのことも知っていたのでしょう」

 公演では、「ドイツ・レクイエム」とともにバッハのモテット「来たれ、イエスよ、来たれ」BWV229が演奏され、ブラームスとバッハのつながりが示される構成となっている。

 「この曲の組み合わせにはブラームスも喜んでくれるのではないでしょうか。今回、モテットは楽器伴奏付きで演奏します。合唱Iに弦楽器のグループを、合唱Ⅱには管楽器のグループを重ねます。バッハ自身も、この作品ではないですが、こうした方法を取ることもありましたし、オペラシティの響きにも合うと思うのです」

 ピノックにとって、東京オペラシティでの公演は、2000年のイングリッシュ・コンサートとの来日以来となる。「ドイツ・レクイエム」の独唱を務めるのは、ピノック指揮のバッハ「ミサ曲ロ短調」に合唱として参加した松井亜希(ソプラノ)と、KCO初登場となる人気バリトンの大西宇宙。そして合唱は、昨年の《コジ・ファン・トゥッテ》でも共演した東京オペラシンガーズ。

 「海外からアーティストを招くのもよいですが、地元チームでお贈りできるのは嬉しいですね」

 さらに、ピノックは来年3月、再開場した日本製鉄紀尾井ホールにおいてモーツァルトの最後の3つの交響曲を指揮する。

 「これらの交響曲はどれも刺激的で斬新であり、それぞれの道のりは対照的です。さきほどお話したように、傑出した作品はいつの時代にも生きた、新しい音楽であり、修繕工事を経たホールでこの3つの傑作を皆さまにお届けしたいと思います」

取材・文:後藤菜穂子 写真:阿部章仁
(ぶらあぼ2026年5月号より)

紀尾井ホール室内管弦楽団 定期演奏会
トレヴァー・ピノック指揮 

【第147回】
2026.9/12(土)14:00 東京オペラシティ コンサートホール 
4/24(金)発売
出演/松井亜希(ソプラノ)、大西宇宙(バリトン)、東京オペラシンガーズ(合唱)
曲目/バッハ:モテット「来たれ、イエスよ、来たれ」BWV229 
   ブラームス:ドイツ・レクイエム op.45

【第149回】
2027.3/12(金)19:00、3/13(土)14:00、3/14(日)16:00 日本製鉄紀尾井ホール 

2026.11/20(金)発売
曲目/モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調 K.543、交響曲第40番ト短調 K.550、交響曲第41番ハ長調 K.551「ジュピター」

問:紀尾井ウェブチケット webticket@nipponsteel-kioihall.jp
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