2025年音楽シーン総まとめ! プロの耳が選んだベスト・コンサート(古楽編)

B'RockOrchestra
ルネ・ヤーコプス(指揮)ビー・ロック・オーケストラ ヘンデル《時と悟りの勝利》[4月4日 東京オペラシティ・コンサートホール]
©大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

文:那須田務

第1位 ルネ・ヤーコプス/ビー・ロック・オーケストラ ヘンデル《時と悟りの勝利》[4月4日 東京オペラシティ コンサートホール]
以下順不同
The Sixteen(ハリー・クリストファーズ指揮)[11月22日 相模女子大学グリーンホール]
〈神奈川県立音楽堂開館70周年記念〉 音楽堂室内オペラ・プロジェクト第7弾 濱田芳通&アントネッロ モンテヴェルディ オペラ《オルフェオ》 [2月23日 神奈川県立音楽堂]
イザベル・ファウスト モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲全曲演奏会 [2024年12月10、11日 東京オペラシティ コンサートホール]
家喜美子チェンバロ演奏会[11月21日 日本福音ルーテル東京教会]
(2024年12月〜2025年12月前半の公演を対象)

2027年3月にもビー・ロック・オーケストラとの再来日が決まった古楽界の大重鎮、ルネ・ヤーコプス
©大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 今年も古楽のコンサートにたくさん足を運びました。その中で特に良かったベスト5が別記のリスト。一番に挙げたのが、ベルギーのヘントを拠点とするピリオド楽器のビー・ロック・オーケストラの来日公演。ルネ・ヤーコプスの指揮で数名の歌手とともに、ヘンデルのオラトリオ《時と悟りの勝利》が演奏された。ヤーコプス自身30年ぶりの来日とのことで筆者も実演は久しぶり。《リナルド》の名アリア〈泣かせてください〉の原曲を含むとはいえ、2時間45分の大作を簡単な小道具と自然な演技でまったく飽きさせない。ヤーコプスの音楽は円熟の極みだし、ソプラノのカテリーナ・カスパースンへ・イムやテノールのトーマス・ウォーカーらの柔軟性に富んだ歌唱や自在なカデンツァ、任意な装飾的パッセージなど、昨今の欧州古楽の最先端に触れた想いがした。

イギリスのグループらしい透明感あふれる見事なハーモニーを聴かせたザ・シックスティーン
©Toru Hiraiwa

 久しぶりの来日といえば、ザ・シックスティーン(合唱)も同様。21年ぶりに日本の聴衆の前に登場し、生誕500年記念年のパレストリーナのミサ曲とモテットに現代のペルトなどを織り込んだプログラムを披露した[11月22日 相模女子大学グリーンホール/主催:神奈川県民ホール]。繊細かつ優美なフレーズの造形が美しく、18名の歌手たちは音楽とともに呼吸し、言葉のリズムに合わせて律動、時に大きく盛り上がるが、どの曲にも祈りに似た静謐感が漂う。

グルーヴ感あふれるアンサンブルで満員の客席を大いに沸かせたアントネッロ
©ヒダキトモコ

 神奈川県立音楽堂が開館70周年を記念して上演したアントネッロ《オルフェオ》もすばらしかった。濱田芳通(指揮/コルネット)の音楽はいつものように躍動感に溢れ、リトルネッロは劇の進行や歌詞に合わせて濃やかに大胆に情感を変化させる。題名役の坂下忠弘(バリトン)や中山美紀(ソプラノ)、岡﨑陽香(ソプラノ)、彌勒忠史(カウンターテナー)ら歌手陣も生き生きとした歌唱と演技で聴衆を音楽劇に引き込む。映像を巧みに用い、劇の要所を押さえた演出もあって音楽と劇の完全な合一性が実現。「音楽の力」という同作のメッセージが純粋かつ雄弁に示された感動的な公演となった。

洗練されたファウストのソロと推進力に満ちたアンサンブルが見事に調和する
©大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 昨年12月のイザベル・ファウスト(ヴァイオリン)とイル・ジャルディーノ・アルモニコによるモーツァルトのヴァイオリン協奏曲全曲[2024年12月10、11日 東京オペラシティ コンサートホール]。しなやかでエレガントなファウストのソロ、アイディア豊富なジョヴァンニ・アントニーニ(指揮)、アンドレアス・シュタイアー書き下ろしのカデンツァなどいつものモーツァルトの名曲を新鮮に聴かせた。

ルッカース・モデルの楽器でラモーやバッハの作品を演奏した家喜美子

 チェンバロの家喜美子(いえきよしこ)は毎年のようにリサイタルを行ない、フランス、コールマールのルッカースの銘器でバッハのトッカータ等を録音した素晴らしいディスクをリリースしている。11月のリサイタルでは、師レオンハルトから伝授されたバッハの無伴奏作品の編曲を中心に演奏。最近のチェンバロに珍しい、豊かな響きに満ちた静かで繊細な演奏が心に沁みた。

創設40周年イヤーに名門ならではの精度の高い演奏を聴かせたフライブルク・バロック・オーケストラ
©大窪道治 写真提供:TOPPANホール

 他にも素晴らしいコンサートがたくさんあった。フォルテピアノのクリスティアン・ベザイデンホウトフライブルク・バロック・オーケストラと来日。モーツァルトの協奏曲第17番と第9番、ハイドンの交響曲74番とJ.C.バッハのト短調の交響曲他の公演を聴いたが[4月3日 TOPPANホール]、これらの交響曲でこれほど面白い演奏はモダンのオーケストラでは滅多に聴けないし、モーツァルトの協奏曲も長年の共演による強靭かつしなやかなアンサンブルで、繊細かつ洗練されたソロがチャーミング。

知られざるヨハン・ローゼンミュラーの宗教曲や室内楽作品を聴く貴重な機会となったアルテ・デラルコのステージ

 鈴木秀美らのアルテ・デラルコ[4月11日 五反田文化センター]。ローゼンミュラーの「エレミヤの哀歌」等17世紀の音楽で地味な内容ながら、演奏は驚くほどクオリティが高い。ベテラン世代の川原千真(ヴァイオリン)と加久間朋子(チェンバロ)が10年の歳月をかけて行なってきたルクレールのヴァイオリン・ソナタ全曲コンサートもいよいよ終盤。第8回[3月31日 日暮里サニーホール]は晩年のソナタ他を美しい音色と純度の高い演奏で聴かせた。来年2月12日の最終回が楽しみだ。

オペラ登場前夜のイタリアで大流行したマドリガル・コメディ。当時の人々の息遣いを伝えるドラマが展開される。

 ソプラノの鈴木美登里率いるラ・フォンテヴェルデ「パルナソスの山巡り」[10月31日 Hakuju Hall]は、16世紀末のイタリアの宮廷で流行していたオラツィオ・ヴェッキのマドリガル・コメディ。仮面即興劇の登場人物たちが繰り広げるドタバタ喜劇を声楽アンサンブルで表現。イタリア語の方言を日本語に置き換えた語りも楽しく、いつもながら現代の日本の聴き手に向けた紹介の仕方が秀逸。

トランペットやティンパニの入った壮麗なオープニングから牧歌的な場面まで、
キリスト降誕をめぐる全6部の物語を鮮やかに描き出したバッハ・コレギウム・ジャパン
©Takashi Fujimoto

 バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)のコラール・カンタータも順調だが、鈴木雅明(指揮)他の「クリスマス・オラトリオ」[11月23日 東京オペラシティ コンサートホール]がすばらしかった。なかでも瑞々しい美声と歌唱のカウンターテナーの新星ジョン・ミンホを聴けた喜びは大きい。また、麻布の国際文化会館で行われたBCJ創立35周年記念パーティ[11月12日]はオランダ大使のスピーチやBCJのメンバーの演奏など晴れやかな雰囲気のなかで、同団の歴史を振り返るよすがとなった。

2024年に、足掛け20年にわたるバッハ:カンタータ作品全曲演奏プロジェクトをスタートさせたプロムジカ使節団

 次世代の活躍も目覚ましい。圓谷俊貴(チェンバロ/指揮)が率いるプロムジカ使節団(12月1日付でプロムジカ・バッハ・アカデミーに改称)によるバッハの教会カンタータ全曲コンサート・シリーズ「All Bach Cantatas Vol.5 ヴァイマル時代のカンタータ(1)」[11月8日 TOPPANホール]は、バッハのカンタータにに合わせて邦人の現代作品を取り上げるという発想が新鮮。今年完結したエクス・ノーヴォ(指揮:福島康晴)によるモンテヴェルディの宗教曲の集成《倫理的・宗教的な森》全曲演奏シリーズ 最終回「証聖者の晩課」[11月1日 TOPPANホール]も特記しておきたい。

初期バロックのイタリア音楽を中心に、精鋭たちが演奏機会の少ないレパートリーを開拓するエクス・ノーヴォ
©Studio LASP
ガット弦のヴァイオリンとフォルテピアノの音色が溶け合う佐藤俊介とスーアン・チャイのベートーヴェン
©松尾淳一郎

 19世紀ロマン派の演奏習慣を取り入れ、驚くべき名人芸と霊感に溢れた演奏で従来のクラシックの美学からの転換を迫る佐藤俊介(ヴァイオリン)とスーアン・チャイ(フォルテピアノ)のベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲コンサート[2月22日 横浜市鶴見区民文化センターサルビアホール、10月9、10日 浜離宮朝日ホール]、カウンターテナーのフィリップ・ジャルスキーとギターのティボー・ガルシアが古楽からシャンソンまで歌って繊細な詩情の香る音楽を聴かせたリサイタルも忘れ難い[10月7日 すみだトリフォニーホール]。東京交響楽団の定期で佐藤俊介が同楽団のメンバーらと繰り広げたバロック・プログラム[10月18日 ミューザ川崎シンフォニーホール]は、これからの日本オーケストラのバロックへのアプローチを示した瞠目すべきコンサートだった。

アンコールではジブリアニメの主題歌〈いつも何度でも〉を日本語で歌い、聴衆を驚かせたジャルスキー
©K.Miura
佐藤俊介がモダン・オケを弾き振りでリードした東京交響楽団の川崎定期演奏会 第103回
©平舘平/TSO

 最後に、1980年代以後の日本の古楽の発展に貢献された「市川信一郎氏を偲ぶコンサート[11月3日 日本福音ルーテル東京教会]。小林道夫(チェンバロ)、有田正広(フラウト・トラヴェルソ)、渡邊順生(チェンバロ)、宇田川貞夫(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、鈴木秀美(チェロ)、神戸愉樹美(ヴィオラ・ダ・ガンバ)ら錚々たるメンバーが集結して、熟した果実のような演奏を披露。聴衆とともに市川氏を偲び、半世紀にわたる日本の古楽演奏の歴史を噛みしめた。

市川信一郎は研究者として北海道教育大学等で教鞭を執り、ピリオド楽器演奏の実践にも多く携わった。
写真はチェンバロの小林道夫。
©︎Shumpei-K.