
「室内楽」が激しく変わりはじめている。
もちろん予兆はあった。けれども、ここ10年ほどの間、室内楽というジャンルはまったく新しい様態へと急速に変貌を遂げている。われわれは、この変化を敏感にキャッチしなければならない。そして――私見ではあるが――しっかりと肯定しなければいけない。
室内楽はかつて、クラシック音楽の奥の院といった位置づけだった。初心者の頃には派手なオーケストラのサウンドに酔いしれたけれども、徐々に室内楽の深みにはまり、最近はもっぱら弦楽四重奏ばかり聴いている……。これが昔のクラシック・ファンのひとつのモデルだ。なんだかジジくさい。そもそも、ゲーテが発したとされる「弦楽四重奏とは4人の賢人の対話なり」という言葉がよくなかった(本当にゲーテの言葉なのか調べたことはないけれども)。老いた賢人たちがなにやら面倒なことを議論しているようなイメージしか浮かばないではないか。近寄ったら説教されそう。若い人が室内楽を敬遠しがちだったのもよく分かる。

「バンド」としての室内楽
ところが、近年、続々とあらわれているのは、そんなイメージをくつがえす、新しいタイプの室内楽グループである。キーワードは「バンド」。そう、彼らはおしなべて、バンド感覚でグループを組み、そしてバンド感覚でエッジの効いたサウンドを奏でる。賢人とか老人といったイメージとは真逆の、ぴちぴちと活きのいい音楽。
彼らにとってオーケストラは、時として個を圧殺しかねない、鈍重な「団体行動」なのだろう。だからそのかわりに数人のバンドを組んで、自分たちのやりたい音楽をストレートに奏でようとする。言葉は常に直截で、よくも悪くも個性的。そんな音楽が魅力的でないわけがない。
日本の場合でいえば、このひとつの震源地といえるのが2010年に創設された「サントリー室内楽アカデミー」だ。およそ2年間をかけて断続的に多角的なレッスンが続くこのアカデミーは、新世代の室内楽グループを次々に輩出してきた。例えば葵トリオ、クァルテット・インテグラ、ほのカルテット……。彼らは世界の錚々たるコンクールで着実な成果をあげて、いまやチケットを取るのが困難なアーティストへと育っている。
実際、最初に葵トリオを聴いた時にはビックリした。「ピアノトリオ」の常設グループ、という意外性に加えて、ハイドンの三重奏がまるで、たった今誕生した作品であるかのごときフレッシュな相貌をたたえているではないか!何より、それがクラシックとかポピュラーとかいった範疇にはまるで収まらない「ノリ」を持っている点に衝撃を受けた。
これはもちろん、ある程度は世界的な現象であるとは思う。しかしとりわけ「若手」ということに関していえば、日本の事例はかなり際立っている。おそらく室内楽の伝統が薄かったからこそ、現在こういう事態が生じているのだろう。

東京クヮルテットと桐朋学園
もちろん何もないところから、突如としてブームが生じたわけではない。そのひとつの源流を1969年に結成された「東京クヮルテット」にさかのぼることが可能だろう。
彼らは結成翌年の1970年に、早くもミュンヘン国際コンクール(ARD)で一位を得て、あっという間に世界が注目する四重奏団に躍り出た。ちなみに同年には内田光子がショパン・コンクールで2位を得ているし、同じころ、既にブザンソンのコンクールで優勝していた小澤征爾が、世界のスターダム街道をずんずんと昇っていた。なんとも夢があった時代だ(きっと、今の中国はこんな雰囲気なのだろう)。
東京クヮルテットは「バンド時代」の団体ではないけれども、多分、日本で育ちアメリカを拠点にしていた彼らもまた、ヨーロッパとは異なったグルーヴを持つ「バンド」だったにちがいない。このバンドはリード・ギター、もとい第一ヴァイオリンの原田幸一郎が脱退した後は、次々に外国人をメンバーに迎えて、名実ともに国際的な団体として活躍した後、2013年に解散する。この時期に注意しておきたい。つまり彼らが解散した頃に、まるでそれと入れ替わるようにして、若手の台頭が目に見えるようなかたちで始まったのである。これは象徴的な交替だ。

ちなみに、東京クヮルテット、内田光子、小澤征爾がいずれも桐朋学園の出身であるのは偶然ではない(内田は「子どものための音楽教室」出身)。まだ当時は新興勢力だったこの学校は、幼少期からのソルフェージュ教育に加えて、なにより室内楽アンサンブルを徹底的に重視するという点で、それまでの音大とは異なった教育を行なっていた。実際、現在でも桐朋では、学生が友人たちと勝手にグループを組んで、好きな先生を「逆指名」することができる(ちゃんと単位になる)。気の合う友人と四重奏を組んで、じゃあ原田幸一郎先生に指導をお願いしちゃおっかな、とカフェで相談したら、そのまま実現してしまうのだ。もっとも、学生たちはこれがどれほど贅沢なことなのか今一つよくわかっていないようではあるのだが……。
現在のサントリー室内楽アカデミーの講師陣をみても、ほとんど桐朋出身の人ばかり(筆者の眼から見ると、次々に華々しい実績をあげている現在のアカデミーは、初期桐朋学園の再現のようにも見えるのだ)。こんなことを書いていると――筆者は現在、桐朋学園の教員なので――何やら宣伝のようで少々気が引けるのだが、しかしこの学校が日本の室内楽の基礎を作ったことは誰もが認めてくれるだろう。
とはいえ、令和の現在、室内楽に力を入れているのは桐朋だけではない。あらゆる音楽大学において、いまや室内楽の重要性が唱えられており、日々、あたらしいグループが登場の場を待っているのである。

/サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデンのリハーサルにて(2021年)
©SUNTORY HALL
格闘技、あるいは……
室内楽の最大の面白さは、先にも述べたようにグループごとの個性が最大限に発揮されるのに加えて、ひとりの微妙な挙動が、そのまま全員の音楽作りに瞬時に反映される、ドキドキのライブ感にある。なにしろ数人しかいないから、隣の奏者のほんのちょっとした動きに反応せざるを得ないのだ。
そう考えると、賢人の会話というようなスタティックな状態ではなく、むしろ格闘技という方がよほど近いことが分かる。ただし勝ち負けを競うわけではないから、オールド・スタイルのプロレスといったところか。大枠が決まっている中、お互いが協力し合い、お互いを生かし、即興的に反応しながら、共に最善の道を探す。実に高度な営みだ。
もしかすると、今どきの読者はプロレスなど知らないかもしれない。その場合はえーと、なんというかアルファベット3文字の、主に密室で行われるそれに比すのが適当だろう。協力しあいながら最善を探す道。ただし室内楽は時として3人、4人のプレイになるからこの場合は…いやいや、これ以上は格調高い「ぶらあぼ」誌面にふさわしくない話題になってしまうのでやめておこう。
(話をあわてて転換)いままで主に古典的な室内楽を想定して話を進めてきたが、実は現代音楽というジャンルは室内楽作品の宝庫でもある。若い頃には誰もが簡単にオーケストラ曲など書けないから、どの作曲家も室内楽をコツコツと手掛けることになる。その意味で、そもそも現代音楽好きは――わたしもその一人だが――必然的に室内楽好きにならざるを得ない。
さて、こうみてくると、「室内楽」という呼称がなんだか古くさく、どうにも冴えないことに気づく。英語でチェンバーミュージックといっても同じこと。そろそろ、なにか新しい呼び名はないものだろうか。いま起こっているのは、「室内楽」を超えた室内楽のムーヴメントなのだから。
文:沼野雄司

沼野雄司 Yuji Numano
主に現代の音楽をめぐる研究と批評に従事。現在、桐朋学園大学教授。東京藝術大学大学院博士課程を修了後、2度にわたってハーヴァード大学で客員研究員を務め、現在に至る。著書に『トーキョー・シンコペーション 音楽表現の現在』『現代音楽史』『エドガー・ヴァレーズ 孤独な射手の肖像』ほか。趣味は自転車だが、最近、なかなかロングライドの時間が取れず困っている。
