高坂はる香のワルシャワ現地レポート 第9回
取材・文:高坂はる香
※ファイナル演奏後のコメント、結果発表後の合同インタビューからのまとめです
──今回は他の大きなコンクールでの入賞により、本大会への参加が可能となる知らせを受て、ショパンコンクールに挑戦されています。短い期間で準備し、改めて集中してショパンに向き合ったことで、ショパンについて新たに発見したことはありますか?
私は、お客様の前ではここ10年ぐらいショパンをほとんど演奏していませんでしたので、そういった意味ではブランクがありました。どの作曲家にも独自の作曲家像があるので、ショパンだけが特別というわけではありませんが、テクニックの面で、ドイツ・ロマン派とショパンの作品では、大きく違うものを求められます。そのため、根本的な奏法の観点からショパンにふさわしいものを作っていかなければならず、ショパンらしい音やショパンにふさわしい音像を求めることに時間を費やしました。
一方で、若い頃に勉強した作品を再び取り出してみたことで、思いがけず自分の成長のようなものを感じられる瞬間もたくさんありました。
ショパンコンクールへの参加を決めていなかったら、ここから数年も全然ショパンを弾くことはなく、今まで通りドイツものやロシアものを中心とした演奏活動になっていたと思います。ここで再びショパンに引き寄せられる機会があったことは、運命というか、起こるべくして起きたという感慨もあります。
今後はお客様の前でショパンを演奏する機会を増やしていきたいですね。

──では今、ショパンという人にどういう感情を持っていますか?
以前はショパンに対して非常にシリアスな面を強く感じていました。ただ、ポーランドで弾いたことが理由かは定かではありませんが、今回は毎ステージ、ショパンを弾く喜びのようなものを非常に強く感じるようになっていましたね。
これまでポーランドで演奏した経験は何度かあるのですが、ショパンを弾いたことは一度もなく、このコンクールが初めての機会だったのです。
ショパンという人物に今後会うことはもちろん叶いませんが、これからはショパンに対して、親近感やよりポジティブな気持ちを持って接していけるのではないかと感じています。

──今年5月に参加されたエリザベートコンクールの時は、よく会場にいらして音を確認していらっしゃったようにお見受けしましたが、今回は一度も会場で音をお聴きにならなかったそうですね。
そうなんです! 時間もなかったですし、余裕もあまりなかったので…。本当は客席で1人か2人の演奏を聴いて音響を確認できたら一番良かったとは思いますが、ついぞ、舞台の上から推測するだけになってしまいました。
ただ、聞くところによると毎日朝から数時間並んでようやく当日券が手に入るという状況だったそうですし、他のコンクールのようにコンテスタントはフリーパスで気軽にホールに入れるわけでもなく、わりと労力を使わなくては聴きに行けない状況だったので、ちょっと断念したところがありました。
ただ、コンクール事務局とピアノメーカーさんから練習時間はしっかりいただけていたので、練習に重点を置いて3週間過ごすようにしていました。

──コンチェルトを弾く喜び、アンサンブルの醍醐味はどこに感じましたか?
実は、ショパンのコンチェルトをオーケストラと演奏するのは、今回が初めてだったんです。でも、マエストロとオーケストラのみなさまがすごく温かく迎えてくださったので、アンサンブルを意識するというよりは、自然体同士が重なり合うように、努力をするのではなく自然と形になったという感覚がありました。でも、それこそが一番美しいアンサンブルなのかもしれません。すごく幸福感のあるひとときでしたね。
ピアニストは普段、孤独に練習する時間が非常に長いので、おそらく他の楽器の方以上にアンサンブルに対する喜びを強く感じると思います。私もその一人なので、とても幸福なステージでした。

──小学校の文集で、将来の夢はショパンコンクールに出場することと書いていらしたということですが、改めてこの舞台に立ってどのような心境でしたか?
ここまでそれなりの舞台経験をさせていただいたあとなので、小学生の頃に憧れていたのと同じ気持ちが続いているわけではさすがになく、「あのステージだ!」という感覚よりは、もっと現実的な気持ちがありましたね。
でも、このようなショパンと密なつながりのあるポーランドという国で演奏したということで、ピアニスト冥利に尽きるという実感はありました。
──ピアニストとしてこれから届けていきたいことはなんでしょうか?
私たちは日々、必ずしも美しいものばかりではなく、軋轢や諍いのようなものにも囲まれて生きています。音楽にも美しいものだけではなく、醜い感情や怒りを表現しているものもたくさんあります。それでも、音楽に触れることによって、そして音楽と心が共鳴することによって、少しでもそうした日常の煩わしい負の感情からで解き放たれる瞬間をみなさんにお届けできたらいいなと思っています。

1次の演奏でがっちりとポーランドの聴衆の心を掴み、以後、ポーランドメディアからも注目されていた桑原さん。ファイナルの演奏後は、取材ルームの中に入りきれないほど報道陣が集まっていました!
Chopin Competition
https://www.chopincompetition.pl/en
【Information】
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール2025 優勝者リサイタル
2025.12/15(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
2025.12/16(火)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール 2025 入賞者ガラ・コンサート
2026.1/27(火)、1/28(水)18:00 東京芸術劇場 コンサートホール
2026.1/31(土)13:30 愛知県芸術劇場 コンサートホール
出演
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール入賞者(複数名)、アンドレイ・ボレイコ(指揮)、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
他公演
2026.1/22(木) 熊本県立劇場 コンサートホール(096-363-2233)
2026.1/23(金) 福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
2026.1/24(土)大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/25(日) 京都コンサートホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/29(木) ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)


高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/








