高坂はる香のワルシャワ現地レポート 第5回
取材・文:高坂はる香
ショパンコンクール3次予選は、10月14日からの3日間にわたる審査を終え、ついにファイナリストが発表されました。
Piotr Alexewicz(ポーランド)
Kevin Chen(カナダ)
David Khrikuli(ジョージア)
桑原志織(日本)
Tianyou Li(中国)
Eric Lu(アメリカ)
Tianyao Lyu(中国)
Vincent Ong(マレーシア)
進藤実優(日本)
Zitong Wang(中国)
William Yang(アメリカ)

©Haruka Kosaka
ボーダーラインにいたコンテスタントのスコアが同点だったことから、11名がファイナルに進出することに。日本からは、桑原志織さん、進藤実優さんの2名が見事ファイナリストとなりました!
11名が選択しているピアノは、スタインウェイが6、カワイが3、ファツィオリが2。2メーカーはちょうど半分になり、ファツィオリはそのままお二人が残る形です。
3次予選後の審査は、3次の演奏についての点数が提出されたのち、1次10%、2次20%、3次70%の割合で点数を総合して順位が割り出されました。前回の記事で紹介したとおり、3次からは「審査員の3分の2以上の要請があった場合、9〜12位の名前と平均点を開示してファイナリストを決める」ルールになっていましたが、11人に増やすかどうかの話し合いがあったのみだったのか、予定時間からあまり遅れることなく比較的スムーズな発表となりました。
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3次予選では、大きな作品の構成力が試されるソナタ、そしてポーランドの精神が込められたマズルカが必須となります。さらに一段核心に迫った網目でふるいにかけられる…そんなラウンドだったといえるでしょう。

初日に登場したカナダのエリック・グオ Eric Guoさんは、2023年のピリオド楽器のショパンコンクール優勝者。この時にマズルカ賞も受賞しています。ピリオド楽器演奏の経験がない中、その奏法に縛られない演奏で優勝したことである種の飛び抜けた才能を感じさせたピアニストです。
現代楽器のほうが自由に弾けるのかなと思って質問してみたところ、「ピリオド楽器でも現代楽器でもそれぞれの自由がある。ピアニストは自分を縛ってはいけないと思う」とのこと。
今回のステージでは、バラード第3番やスケルツォ第2番でドラマティックに音楽の起伏を作る能力を改めて発揮していましたが、ファイナル進出はならず残念です。

ジョージアのダヴィド・フリクリ David Khrikuliさんの演奏で印象に残ったのは op.34-2 イ短調のワルツ。くぐもった渋いサウンドで響かせる低音は、触れたことのない聴き心地。重々しく力強いタッチで、ショパン以外の作品も聴いてみたくなるピアニストです。ファイナリストとなりました。

すっかりポーランドの聴衆の人気を集めている桑原志織さんは、初日夜の最初に登場。このラウンドも、美しくつやのあるスケルツォ第3番やマズルカ op.33と、充実した音で安定感のある演奏を展開。そして最後に演奏したソナタ第3番は、なめらかな流れ、高い集中力、そしてフィナーレでたっぷりとふくらむ音楽と、聴いていて満足度の高い時間をくれるピアニストだなと改めて感じました。ファイナルに進出です。

次に登場したのは韓国のイ・ヒョ Hyo Leeさん。彼も十分にパワーのあるピアニストですが、桑原さんのあとだと少し音が繊細に聴こえるほどだったのが驚きました。葬送ソナタは、悲しみをはらみながらも力強く輝かしくて、2次で聴いた牛田智大さんの“葬送の行進”の10倍足腰が強い感じ(どちらにもそれぞれの魅力があります)。
例によって続けて演奏した兄のイ・ヒョク Hyuk Leeさんは、時折はかなく消えていくような表情をみせるop.41のマズルカが印象に残ります。ファイナリストとなった前回4年前の彼にはなかった要素。これが彼がポーランドで生活して学び、ポーランド語を話すなかで手に入れたマズルカなのだなと思いながら聴いていました。
こうしてショパンに寄り添う努力を日々積み重ねてきたというのに、それでも必ずしも前回よりも良い結果が得られるとは限らないというのが、コンクールの厳しく難しいところです。
素敵な音楽性と魅力的なキャラクターのこの兄弟がファイナルに残らず、残念に思っている方も多いでしょう。

セミファイナル2日目は、エリック・ルー Eric Lu が体調不良により演奏順が最終日最後に変更になるというアナウンスがあり、昼の部は2人のみで、中国の16歳、リュー・ティエンヤオ Tianyao Lyuさんは時間が少しだけ繰り上がっての演奏。マズルカはなめらかにみずみずしくメロディを歌い、変ニ長調の「雨だれ」のプレリュード、変ロ短調の葬送ソナタ、そして変ニ長調の「子守唄」で閉じるというプログラムを展開しました。特に最後の子守唄では、こうした美しく繊細な表現もできるということをしっかりとアピール。ファイナルに進出です。

夜の最後に演奏した進藤実優さんは、細やかに、絶妙に表情を移ろわせてゆくマズルカ op.56に続き、高い集中力で奏でた葬送行進曲を演奏すると、会場から思わず拍手が!「ここで拍手をいただけると思っていなかった」と後で話していましたが、逆にここで空気を切り替え、丁寧なタッチで輝かしくなめらかに紡がれてゆく「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」で再び喝采を得ていました。
二度目の挑戦でファイナルへ!

最終日の最初に登場した牛田智大さんは、朝10時からロマンティックでダークな美しさを放つプレリュードop.45。マズルカ op.56で力を増していく音楽に、隣に座っていたポーランド人のおじさまも体を揺らしています(しかし実はこの方が、のちの演奏中盛大に携帯を鳴らした張本人…)。
寂しくエコーを残すように閉じたマズルカに続けて、幻想曲、そしてソナタ第3番。「3楽章の時点でこれ以上出せないかと思った」と話していましたが、4楽章の最後は、感情をすべてぶつけることを決意して力を振り絞るかのような渾身のフィナーレ。2次の緊張した雰囲気とは違った伸びやかさで大いに聴衆を沸かせましたが、ファイナルへの進出はなりませんでした。

夜の部、当初最後の奏者の予定だったカナダのケヴィン・チェン Kevin Chenさんは、マズルカ op.41、バラード第4番、ソナタ第3番というプログラム。このステージでもなめらかで自在なテクニックを披露しつつ、感情を抑えながらも要所で解放するようなメリハリのある音楽がインパクトを残します。

そして順番の変更で最後の奏者となったアメリカのエリック・ルー Eric Luさんは、繊細な音で奏でる舟歌で始め、ポロネーズ op.71-2、マズルカ op.56と続けて、ソナタ3番で閉じるプログラム。終楽章のフィナーレの爆発、 “もうあとはどうなってもいい!”というかのような魂の叫びは、強く心に残りました。

この夜の部は、独特の足取りで即興的な要素を感じさせるマズルカが印象に残るウィリアム・ヤン William Yangさん(アメリカ)、ダイナミックレンジが広くおおらかな音楽性が魅力のピオトル・アレクセヴィチ Piotr Alexewiczさん(ポーランド)もあわせて、4人全員がファイナルに進出。

その他、独特のうたいまわしで味わい深いマズルカ op.59を聴かせたリ・ティエンヨウ Tianyou Liさん(中国)、とても自由に展開する「ラ・チ・ダレム変奏曲」を演奏したマレーシアのヴィンセント・オン Vincent Ongさん(独特の雰囲気にファンが急増中の印象です!)、力強さと懐かしい歌を感じさせるマズルカ op.50や端正なソナタ第2番、ここでもめずらしい選曲のワルツを披露したワン・ズートン Zitong Wangさん(中国)と、高い実力と個性を持つ顔ぶれがファイナルに進出することになりました。
11人については、マズルカの印象一つを振り返っても、ダンスというよりはみずみずしい歌のように滑らかな演奏から、土臭い足踏みを感じる演奏、渋く淡い色彩と軽やかな舞いを思い浮かべる演奏まで、実に多様でした。
ファイナルは、現地時間10月18日からの3日間。今回からは、ショパンのピアノ協奏曲に加えて、ソロで「幻想ポロネーズ」を演奏することになります。幅広いショパンの解釈を持ったピアニストたちが、若いショパンと晩年のショパン、それぞれでどんな世界を描いてくれるのでしょうか。
Chopin Competition
https://www.chopincompetition.pl/en
【Information】
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール2025 優勝者リサイタル
2025.12/15(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
2025.12/16(火)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール 2025 入賞者ガラ・コンサート
2026.1/27(火)、1/28(水)18:00 東京芸術劇場 コンサートホール
2026.1/31(土)13:30 愛知県芸術劇場 コンサートホール
出演
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール入賞者(複数名)、アンドレイ・ボレイコ(指揮)、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
他公演
2026.1/22(木) 熊本県立劇場 コンサートホール(096-363-2233)
2026.1/23(金) 福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
2026.1/24(土)大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/25(日) 京都コンサートホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/29(木) ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)


高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/




