
右:児玉隼人 ©Yuji Ueno
放送開始100年を記念した今年のNHK音楽祭。10月に3公演が予定されているが、そのトップバッターは、もちろんNHK交響楽団。しかもフィンランドの女性指揮者エヴァ・オリカイネン(1982〜)、ピアノ独奏のソフィア・リュウ(2008〜)、トランペット独奏の児玉隼人(2009〜)の3人ともが、同音楽祭でそろってN響デビューとなる。
児玉が選んだのはフランス近代の作曲家、アンリ・トマジ(1901〜1971)の「トランペット協奏曲」(1948)。「これまではハイドン、フンメルなど古典派協奏曲の演奏機会が多く、新しいものはアルチュニアンくらいでした。トマジのリクエストは多く、それなりに準備もしてきたので、同時代音楽をたくさん演奏しているN響さんとの初共演にふさわしい楽曲です」。
楽想が次から次へとめまぐるしく展開、オーケストラとの掛け合いも面白い。「聴きやすいメロディがふんだんに用意され、初めて聴く人にも、そして僕の若さにもぴったりだと思います」。
釧路に生まれ育った児玉は「テレビでN響をみて育った」という。この4月よりドイツ・カールスルーエ音楽大学で師事するラインホルト・フリードリヒが、昨年11月にN響定期でヴァインベルクの協奏曲のソリストを務めた際、そのリハーサルから2回の本番まで全てに立ち会い、「メンバー全員がすごく意欲的で圧倒されました」と明かす。
カールスルーエのフリードリヒ・クラスではモダン・トランペット全般の基礎だけでなくピリオド楽器のバロック・トランペット、オーケストラの3分野を漏れなく学ぶが、「高校生の間はオーケストラ・アカデミーに入れないので日独半々で往復、演奏活動に力を入れます」。社会人入学も積極的に受け入れ、ともに新学期を始めた“同期”には、フランクフルト放送交響楽団首席のヨン・フィールハーバーもいるというから驚きだ。
一方、リュウが演奏するのはサン=サーンスの「ピアノ協奏曲第2番」。上海生まれだが、2歳から7歳まで神戸で育ち、ピアノを本格的に始めたのも日本だった。現在はカナダのフランス語圏の中心地モントリオールに住み、9歳以降、ダン・タイ・ソンに師事している。日本でソロ・リサイタルの経験はあるが、協奏曲を弾くのは「今回が初めて」。N響については児玉と同じく「小さい頃からテレビで接してきました」といい、「いきなりベスト・オーケストラと共演できるとは幸せ以外の何物でもありません」。
モントリオールが本拠ということもあり「ドビュッシー、フォーレ、ラヴェルなどのフランス音楽には長年傾倒してきた」なか、サン=サーンスは「ショパンやリストなどロマン派音楽の後継者、印象派の先駆者の両面を備え、色彩感と情感にもあふれる」とみる。5曲あるピアノ協奏曲から第2番に光を当てた理由は「何かをきっちりと伝えつつ、マジカルな要素にも事欠きません。5曲の中でも際立って色彩豊かで、エキゾティックな作品だと思うからです。わずか25分の間に、たくさんの要素が詰まっています。木管楽器との繊細な音の受け渡しなども、すごく魅力的です」。
目下の協奏曲レパートリーは25曲ほど。次に弾きたい曲を尋ねると、「ブラームスの第2番」と意外な答えが返ってきた。「第1〜3楽章はとても難しいですが、第4楽章のエレガンスとチャームに惹かれ、いつか人前で演奏したいと願っています」。ピアノ以外で大切にしているのは「日常を書きとめる」こと。「ある意味、作曲と同じくらいマニカルな(狂気じみた)プロセスですが、現実に存在しない世界をつくるのに興味を覚えています」。
この若きふたりをリードするのがオリカイネン。シベリウス・アカデミー出身、指揮の名教授ヨルマ・パヌラの薫陶を受けた。演奏会冒頭にラヴェル「ラ・ヴァルス」、最後にR.シュトラウス「歌劇《ばらの騎士》組曲」と演奏の難易度が高い作品を置き、N響から多彩な響きを引き出す構えだ。
取材・文:池田卓夫
(ぶらあぼ2025年6月号より)
NHK音楽祭2025 NHK交響楽団
2025.10/3(金)19:00 NHKホール
6/12(木)発売(5/27(火)まで先行抽選販売)
問:ハローダイヤル050-5541-8600
https://www.nhk-p.co.jp
※NHK音楽祭の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。