工藤重典の円熟のバッハ。工藤は米国のチェンバロ奏者リチャード・シーゲルと30年以上前に、バッハのソナタ全集を録音している。二人ともそれぞれ老成して、見事なバッハを聴かせる。ロ短調ソナタは傑作にふさわしく、中身が濃い。声部の対位法的な絡みが実に面白い。ただ漫然と聴いているだけでも爽やかで美しい。ラルゴの深い情緒とフィナーレのフーガ風模倣とジーグの躍動。工藤の音作りは、全く自由自在だ。ハ長調ソナタの無窮動の華麗な技巧とアダージョの内省の深さ、ホ短調ソナタの協奏的な声部交替でのシーゲルとの駆け引き、ホ長調ソナタの旋律の陰翳の彫琢など、聴きどころは多い。
文:横原千史
(ぶらあぼ2025年6月号より)
【information】
CD『J.S.バッハ:フルート・ソナタ集/工藤重典&リチャード・シーゲル』
J.S.バッハ:フルート・ソナタ ロ短調、同ハ長調、同ホ短調、同ホ長調
工藤重典(フルート)
リチャード・シーゲル(チェンバロ)
マイスター・ミュージック
MM-4541 ¥3520(税込)