第72回「尾高賞」が発表され、権代敦彦「時と永遠を結ぶ絃 ~ヴァイオリンとオーケストラのための~」(2023)の受賞が決定した。

同賞は、NHK交響楽団専任指揮者であった故・尾高尚忠が生前に遺した功績を讃え、1952年に制定された作曲賞で、毎年、優れたオーケストラ作品に授与される。今回は、指揮者の尾高忠明、下野竜也、音楽評論家で政治思想史研究者の片山杜秀らが審査員を務めた。
受賞作は、愛知室内オーケストラによる委嘱作品で、昨年2月に山下一史の指揮、辻彩奈のヴァイオリンで世界初演された。死と向き合うことを創作の源泉としてきた権代だが、レクイエムとして書かれたという本作は「シ」(=死)の音が中心となる約30分の大作で、「音楽の高い集中力とドラマ性が高く評価」(下野)された。権代は2016年以来二度目の受賞となる。
権代は1965年生まれ。これまでに芥川作曲賞や出光音楽賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞など国内外で多数受賞。オペラや管弦楽、合唱曲、邦楽まで多岐にわたる作品があり、国内外からの委嘱も多い。2023年からは愛知室内オーケストラのコンポーザー・イン・レジデンスを務めている。
第72回「尾高賞」の贈呈式と受賞作品の演奏は、6月26日に東京オペラシティ コンサートホールで開催される「Music Tomorrow 2025」(イェルク・ヴィトマン指揮 NHK交響楽団 ヴァイオリン:辻彩奈)で行われる。
『第72回尾高賞 受賞に寄せて』
権代敦彦
2023年、山下一史さんが音楽監督を務める、愛知室内オーケストラの初代コンポーザー・イン・レジデンスに就いた。
山下さんは、2005年に大阪で、涙と祈りのうちに初演した《子守歌》を皮切りに、今日まで最も多くの、僕のオーケストラ曲を指揮してくれている。
レジデンス・コンポーザーとして毎年1曲、協奏曲を書きたいと願い出た。
先ず、ヴァイオリン協奏曲というアイデアは、当初からあった。
なぜなら、初演のソロを託したヴァイオリニスト・辻彩奈さんとの、これまでの積み重ねがあり、機が熟していたからだ。
彼女からは、遡ること数年前、協奏曲のソリストアンコールで弾くためだけに、短い独奏曲を書いて欲しいという、珍しい委嘱があった。
アンコール曲ということは、その直前に弾かれた協奏曲を、遥かに凌駕するものでなければならない!それも2~3分間で。作曲の腕が鳴った。
既存のあらゆるヴァイオリン協奏曲を知り、学ぶことから始め、3曲の短いアンコールピース《Post Festum》(ポスト・フェストゥム)を書いた。
彼女は、様々な協奏曲を弾いた後、その都度1曲を選んで、あちこちで弾いてくれた。
「次は、いよいよ権代の“協奏曲”ね!」。そんな夢を見ていたところだったのだ。
こうした流れの中で書き始めた、ヴァイオリン協奏曲。その作曲過程は、人の死を見つめ、向き合う時間とも重なった。
またこの間に受けた、哲学者・古東哲明先生の講義「死の深さ/生の輝き」での一言一句が作曲を支え、それら言の葉を音符へと変換していったような気もする。
作曲は、生と同じく、時間を切り取るわざ(業・技)であり、その切り取られた有限の時間の只中に、無限、永遠を覗かせるという、アクロバット的な曲芸だ。
冷厳に時の刻みが迫るも、いつまでも、どこまでも・・と、祈りを弛まぬ絃の響きに託し、決して見届けることの出来ない、いつか、どこか・・を目指す。
ヴァイオリンとオーケストラのための《時と永遠を結ぶ絃》は、そんな曲になった。
辻彩奈さんのヴァイオリン、山下一史さん指揮の愛知室内オーケストラによる三位一体の世界初演に、曲自身が喜んだ。
作曲委嘱、そして賞への推薦をいただいた、愛知室内オーケストラに、曲に代わって感謝。
(NHK交響楽団WEBサイトより転載)
NHK交響楽団
https://www.nhkso.or.jp