アンドラーシュ・シフ率いるカペラ・アンドレア・バルカは、ヨーロッパでも知る人ぞ知る、秘宝的なアンサンブルだ。常設ではなく、プロジェクトごとにメンバーが集まる形態を取り、毎年フィックスされている日程は、1〜2月のザルツブルクのモーツァルト週間と4〜5月にイタリアのヴィチェンツァで開かれる彼らのフェスティバル“Omaggio a Palladio”（16世紀の名建築家パッラーディオが建てた世界最古の室内劇場を会場とする）。それに加えてツアー公演があり、これまでウィーンやハンブルク、チューリッヒ、バーデン＝バーデン、パリやブリュッセルなど名だたるホールや音楽祭に出演してきた。2019年には日本を含む初のアジア・ツアーを行い、大好評を博した。その彼らが3月に再び来日を果たすときいて、今から期待がふくらむ。
グループの始まりは1999年。シフがモーツァルト週間の監督から、モーツァルトのピアノ協奏曲全曲シリーズを提案された時、共演したいオーケストラがないと返答したところ、それだったら自らアンサンブルを結成してはどうかと言われ、その結果誕生したのがカペラ・アンドレア・バルカであった。
ちなみにアンドレア・バルカとは、アンドラーシュ・シフ（Schiff＝船）をイタリア語化したものであり、要するに「アンドラーシュ・シフ楽団」なのである。
「私たちは世界でもっとも歳をとったユース・オーケストラです」とシフは笑う。
カペラ・アンドレア・バルカのメンバーは、ザルツブルクの名教師シャーンドル・ヴェーグのもとで学んだ音楽家たち、および長年シフと親交を結んできた音楽家たちから成っている。ヴァイオリンのエーリヒ・ヘーバルト、イルジー・パノハ、シフ夫人でもある塩川悠子、ヴィオラのアネット・イッサーリス、チェロのクリストフ・リヒターら、気心の知れた奏者たちばかりだ。
「キーワードは室内楽です」とシフ。「このアンサンブルのメンバーは全員が弦楽四重奏団また室内アンサンブルの奏者です。室内楽はもっとも繊細かつ親密な音楽の形態であり、お互いに信頼し合い、聴き合って演奏します。私は指揮しますが、“指揮者”ではありません。奏者たちが思い通り演奏できるようにするのが私の役目です」
先日の記者会見では、2025/26年のシーズンでカペラ・アンドレア・バルカの活動を終了することを明らかにした。その理由については、自分を含めたメンバーたちの高齢化を挙げ、だからといって価値観の異なる若い奏者を起用したくないので、自分たちの代で活動を終えたいと話した。
「私たちの目の輝きが消える前に辞めようと決めました」
それはたしかに残念なことではあるが、彼らしい潔い決断といえよう。現時点でグループの最終公演は、2026年5月のヴィチェンツァでのフェスティバルで、ベートーヴェンの交響曲第9番を、地元のアマチュア合唱団とともに演奏する予定だという。
さて、〈FAREWELL IN JAPAN〉と銘打たれた3月のツアーでは2つのプログラムが用意されている。1つはオール・バッハ（東京、川崎、堺）、もう1つはオール・モーツァルト（東京、京都）、つまりシフがもっとも愛する2人の作曲家である。
近年、バッハのチェンバロ協奏曲群をモダン・ピアノで聴く機会はさほど多くはないが、バッハの鍵盤音楽にだれよりも精通しているシフとその仲間たちの演奏で6曲もの協奏曲を聴けるのはなんと贅沢なことだろうか。ピリオド楽器に通じているメンバーも多く、ヒストリカルな観点からも説得力のある演奏となるだろう。
「バッハ自身、ライプツィヒのカフェで、これらの協奏曲をチェンバロで少人数の音楽家とともに演奏しました。その雰囲気を再現できたら」とシフ。
他方、モーツァルト・プロのほうは、グループの原点であるピアノ協奏曲より2作（第20番 ニ短調と第23番 イ長調）を核に、《ドン・ジョヴァンニ》序曲、交響曲第40番 ト短調という魅惑的な名曲が並ぶ。
「私たちの演奏を耳だけではなく目でも味わっていただいて、ともに音楽を作り上げる喜びという私たちのメッセージが皆様に伝わることを願っています」
文：後藤菜穂子
（ぶらあぼ2025年2月号より）
サー・アンドラーシュ・シフ（指揮/ピアノ）
カペラ・アンドレア・バルカ
曲目
［3/21、3/22、3/25］J.S.バッハ：ピアノ協奏曲第1番 BWV1052～第5番 BWV1056、同第7番 BWV1058
［3/23、3/26］モーツァルト：ピアノ協奏曲第20番 K.466、同第23番 K.488、交響曲第40番 K.550、オペラ《ドン・ジョヴァンニ》序曲 K.527
2025.3/21（金）19：00 ミューザ川崎シンフォニーホール
問：ミューザ川崎シンフォニーホール044-520-0200
https://www.kawasaki-sym-hall.jp
2025.3/22（土）17：00 大阪/フェニーチェ堺
問：堺市文化振興財団チケットセンター0570-08-0089
https://www.fenice-sacay.jp
2025.3/23（日）15：00 京都コンサートホール
問：京都コンサートホール075-711-3231
https://www.kyotoconcerthall.org
2025.3/25（火）、3/26（水） 各日19：00 東京オペラシティ コンサートホール
問：東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
https://www.operacity.jp
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