菊地裕介(ピアノ)

更なる進化を遂げる音楽性と技巧

 大阪のザ・シンフォニーホールで平日午前11時スタートの人気企画『シンフォニー・ブランチコンサート』。5月に開催される第3回には菊地裕介が出演する。2010年より2年を経て完結させたベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音の最終アルバムを1月に発売し、シリーズの完成度が高く評価されているピアニストだ。彼が今回のコンサートで取り上げるのは、ピアノを弾く者にとって高い“壁”ともいえる、ショパンの「練習曲 op.25」とラヴェルの「夜のガスパール」という挑戦的なプログラム。演奏者には卓越した技巧と充実した音楽性が求められる。
「フランスものは自分にとって親しみやすいものなのですが、特に『夜のガスパール』は原点ともいえる作品。『ラヴェルの中で何か弾いてください』とリクエストされたら迷いなくこれを選びますね(笑)。ショパンの練習曲は、ピアニストがずっと弾き続けなければならない作品ですし、練習を重ねるうちに、そして生徒への指導の中で見えてくるものが沢山あったんです」
 ショパンやラヴェルの作品は、テクニックの問題を完全にクリアすることで、はじめて曲の持つ“うた”や、多彩な和声の響きを楽しむことができる。作品に誠実に向き合い、その結果を完全に再現できる確固としたテクニックを持つ菊地だからこそ出来る選曲だろう。
「最近、技巧的な作品に取り組んでいると“維持すること”の大切さを意識します。20代の頃はいくらでも伸びると思っていたのですが、この歳になるとそうもいきません。ショパンの練習曲は本当に良くできていて、練習しているとピアノの弾き方が体系的にわかってきます。また、求められているテクニックが、実は一貫した観点から成り立っている。語弊はあるかもしれませんが、それは指を“さぼる”ことといえるかもしれません。指をバタバタ動かすのではなく、いかに手首や腕のアシストを利用するか、ということにこの曲集の出来は左右されます」
 作品の本質を聴衆に伝えるには、音楽と身体をスムーズに連結することが重要なのだが、指導や審査員といった活動の中で、菊地は多くのピアノ学習者が練習を“苦行”にしている傾向に気が付いたという。
「指が鍵盤に吸い付かず、動きすぎる方が多いですね。いわゆる『指が回る』人は沢山いても、そこで止まってしまうのか、動きと音楽が連結していない」
 ピアノの練習を「鍛錬と言うよりは整頓」と語る菊地の音楽性は、これまでの演奏会や録音が示すように、実にスマート。これまで長きにわたって取り組んできた作品による、新たな発見を武器に、更なる進化を遂げていく菊地の演奏が楽しみである。
取材・文:長井進之介
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年3月号から)

シンフォニー・ブランチコンサート Vol.3 菊地裕介
5/11(月)11:00 ザ・シンフォニーホール
問 ザ・シンフォニーチケットセンター06-6453-2333/チケットピティナ0120-240-540
http://www.piano.or.jp