20世紀最高の歌手の一人、バリトンのディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ氏が5月18日、ミュンヘン郊外の自宅で死去した。享年86。ベルリン出身のフィッシャー=ディースカウ氏が本格的に歌手の活動を始めたのは1947年。その頃に開いたリサイタルで最初の成功を収めた。オペラ・デビューは48年ベルリン・ドイツ・オペラでの《ドン・カルロ》で、指揮はフェレンツ・フリッチャイだった。その後、多くのオペラ・ハウスに登場し名声を博した彼は徐々にレパートリーを増やし、1954年からバイロイト音楽祭に連続出演している。フィッシャー=ディースカウ氏はオペラと歌曲の両面で活躍したが(フランス歌曲なども録音した)、彼の地位を不動のものとしたのはシューベルトの歌曲の演奏と録音である。その知性的な解釈と理想的な発声、詩の深い表現は他の追随を許さず、ドイツ歌曲の歌唱様式のいわば“模範”となった。
92年に歌手としての活動から引退してからは、後進の指導にあたり、彼のもとからはマティアス・ゲルネやアンドレアス・シュミットらが輩出されている。2002年に高松宮殿下記念世界文化賞を受賞。ドイツ・グラモフォンやEMIほかで多くの録音を遺した。著書に「シューベルトの歌曲をたどって」(白水社)などがある。