ようやく秋がきて、夜が深まっていく。
夜は闇の帳で世界を包み、ものごとの境を曖昧にする。そうして広漠とした移ろいとともに、さまざまに想念が溶け出すとき、音楽はその秘めやかな性質を露わにする。
日本の聴衆にも馴染み深いベルギー出身の指揮者デイヴィッド・レイランドが、群馬交響楽団の秋の定期公演で織りなすのは、異彩を放つ夜のプログラムだ。夜は夢を呼び醒まし、眠りは死に迫り、そして意識はまどろみのうちに夢想する。
私たちがそこでさまようのは、モーツァルト、リムスキー=コルサコフの描いた鮮やかな異界と、ブリテンの鋭敏な夜想がひらく死と愛をめぐる思索だ。語り手のひとりは、イギリスの誇る名テノール、マーク・パドモアで、もうひとりはそれこそ語り部役のタイトルロールを担う、群響ソロ・コンサートマスターの伊藤文乃。本拠地高崎に次いで、上田と東京の定期公演へも旅する群響、その近年の意欲と充実が、まざまざと窺えるプログラムだ。
幕開けはモーツァルトのオペラ《魔笛》の序曲。フリーメーソンの同志シカネーダーの台本で作曲したドイツ語の歌芝居である。しかしこれはまだ序曲であり、神秘の夜の入口だ。このプログラムで興味深いのは、こうして言葉なしに象徴づけられた序曲の劇世界が、詩に寄り添う歌曲の世界を経て、音楽による物語の叙述へと多様に進んでいくことだろう。
続いて、英国の名優を思わせるマーク・パドモアが舞台に上がり、ブリテンのオーケストラつき歌曲を歌う。これが日本初演になるという「深紅の花びらは眠りに就く」は、テニスン卿の詩による歌曲。1943年作曲の『セレナード』を構成する曲として書かれたが、全曲の構成から外され、楽譜も作曲家の死後に出版された。寄せては返す波のような弦楽伴奏の特徴的な音型は、後の1958年に書かれた『ノクターン』op.60のリトルネッロのモティーフと響き合う。こちらの連作歌曲では、シェリー、テニスン、コールリッジ、ミドルトン、ワーズワース、オーウェン、キーツ、そしてシェイクスピアの8篇の英詩が選ばれ、7つのオブリガード楽器のソロで巧みに繋がれていく。
そして、リムスキー=コルサコフの鮮明なオーケストレーションで、シェヘラザードの「千夜一夜物語」が巧みに物語られる。ストーリー・テラー役のヴァイオリン・ソロは、群響が誇る伊藤文乃。シャフリアール王がそうであったように、誰もがアラビアの夜の物語の続きを聞きたくて夢中になる。
オーストリア、ロシア、イギリスの音楽家の想像力を介した、ゆうに200年を超える夜の旅だ。シェイクスピア、さらにササーン朝ペルシャまで辿れば2000年近い歳月も遡行されよう。人間はいつの世にも物語り、詩を歌い継ぐ。尽きせぬ想像力の夜が、いま幕を上げる——。
文:青澤隆明
【Information】
群馬交響楽団
◎第602回定期演奏会
2024.10/19(土)16:00 高崎芸術劇場
https://www.gunkyo.com/concerts/597/
◎上田定期演奏会 -2024秋-
2024.10/20(日)15:00 上田市交流文化芸術センター サントミューゼ
https://www.gunkyo.com/concerts/606/
◎東京定期演奏会
2024.10/21(月)19:00 すみだトリフォニーホール
https://www.gunkyo.com/concerts/604/
出演/
デイヴィッド・レイランド(指揮)
マーク・パドモア(テノール)
群馬交響楽団
曲目/
モーツァルト:オペラ《魔笛》 序曲
ブリテン:深紅の花びらは眠りにつく(日本初演)
ブリテン:ノクターン op.60
リムスキー=コルサコフ:交響組曲《シェエラザード》 op.35
[ヴァイオリン・ソロ/伊藤文乃(群響ソロ・コンサートマスター)]
群馬交響楽団
http://www.gunkyo.com