現代奏造Tokyo 第9回定期演奏会

“シェーンベルヒ”を出発点に展望する音楽創作の軌跡

文:池田卓夫

 一般社団法人「現代奏造Tokyo」は「現代社会における音楽の在り方に対する様々な問題意識を共有する若手音楽家により2016年に結成された管打楽合奏団」(公式HPより)。結成と同年に開始した年1回の定期演奏会のほか、東京・渋谷のノナカ・アンナホールでのシリーズコンサートや室内楽などのライブ・パフォーマンスを積極的に行ってきた。

 5月9日、渋谷区文化総合センター大和田 さくらホールでの第9回定期演奏会は同楽団音楽監督の板倉康明が指揮、「管打楽器合奏の限界と可能性〜シェーンベルク以降の種々相」をテーマに掲げる。日本の音楽評論家の草分けとされる大田黒元雄(1893~1979)が「西洋音楽を扱った日本語書籍のベストセラー第1号」とされる『バッハよりシェーンベルヒ』(山野楽器店刊)を出版したのは1915年(大正4年)。アルノルト・シェーンベルク(1874~1951)はまだウィーンにいて、弟子のアルバン・ベルクやアントン・ヴェーベルンらと無調音楽の領域に足を踏み入れた時期にあたる。「相互の関係のみに依存する12の音による作曲法」として12音技法を体系化したのは6年後、1921年だ。大田黒にとっては音楽史の終点にあったシェーンベルクを、板倉と現代奏造Tokyoは逆に演奏会の起点と位置づけた。

現代奏造Tokyo

 シェーンベルクはユダヤ人だったため、ナチス政権のホロコースト(大量殺戮)を逃れ、1933〜34年にフランス経由でアメリカ合衆国に移住した。ロサンゼルスに居を構え、南カリフォルニア大学(USC)やカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で教鞭をとりながら作曲も続けたが、旧作の改編や学校、楽譜出版社からの依頼に基づく教育目的の作品が多く、調性音楽への回帰を指摘される。第二次世界大戦中の1943年に作曲した「主題と変奏」作品43aはシャーマー出版社が「スクール・バンド向けの作品」として委嘱したにもかかわらず、かなり難易度が上がってしまい、プロのバンドが初演した。シェーンベルク自身が管弦楽団用の編曲を行った「作品43b」も存在する。12音の主題と7つの変奏曲で構成されるが無調ではなく、調性を感じることができる。

 同じ頃、武満徹(1930~1996)は旧制中学在学中の軍国少年だったが、勤労動員先の下士官が隠れて聴いていたシャンソン「聞かせてよ、愛の言葉を(パルレ・モア・ダムール)」に大きな衝撃を受け、音楽の道を目指すことになる。「ガーデン・レイン」は1974年、英国のフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルのために作曲した金管十重奏曲(トランペット×4、トロンボーン×3、ホルン、バス・トロンボーン、テューバ)で、5人ずつ2群に分かれて演奏する。武満はオーストラリアの少女が書いた「時間は人生の何枚もの葉、私はその庭師、それぞれの時間がゆっくりと落ちていく」といった内容の詩に触発され、雨が降り注ぎ、木々から葉が落ちゆく庭のイメージを音楽に託した。

 フランスの重鎮、ピエール・ブーレーズ(1925~2016)は武満と活動時期が重なり、晩年になるほど指揮者として多忙を極めた。1987年の「イニシャル」はブラス・アンサンブルのための作品。米国の音楽評論家、マイケル・クライブによれば「伝統的な楽器編成と現代のサウンドが組み合わさり、テクスチュア(ひびき)は輝くオーラを放ち輪郭は揺れ動く。フレーズが螺旋状に広がり、特定のピッチの反復が音楽空間に私たちを巻き込む引力のようなものを与える」と評している。

板倉康明(現代奏造Tokyo音楽監督)

 西村朗(1953~2023)はブーレーズ、武満よりも若く、完全に「戦後世代」に属する作曲家。精力的な活動で絶えず注目を集め、高く評価もされてきたので昨年、70歳の誕生日を1日後に控えた時点の死は大きな衝撃をもたらした。「秘儀Ⅸ『アスラ』」は「好きな曲に全力で挑む自称ベンチャー吹奏楽団」のWind Orchestra Sparkの委嘱を受け、2023年1月に書き上げた近作。「作曲に当たってはアスラが主役の1つのヒンズー教の神話から着想を得た。アスラはディーヴァと呼ばれる神々と対立する存在であり、邪気や悪魔的にイメージされることもある」と、西村は記した。

 武満と西村の間には、現存する日本人作曲家2人の最新作が入る。白岩優拓(1987~)は国立音楽大学 音楽学部 音楽文化デザイン学科 音楽創作専修を首席で卒業。さらに同大学院(修士課程)作曲専攻を修了した。作曲は川島素晴、北爪道夫、古川聖に師事。第85回(2016年)日本音楽コンクール作曲部門で第1位を得た。現代奏造Tokyoでは第3回定期に「沈黙の海」を演奏したことがある。今回の作品は委嘱新作の世界初演にあたり、いまだ完成途上という。西岡龍彦(1952~)は東京藝術大学音楽部作曲科卒業後同大学院音楽研究科作曲課程を修了、2002〜19年に同大教授を務め、現在は名誉教授のベテランだが、エレクトロニクスを駆使した作風は十分に“尖って”いる。今回も「独奏フルートとコンピュータ、ウインド・オーケストラのための『夢のかたち』」の改訂初演に臨み、石田彩子がフルート独奏、福澤龍一がコンピュータプログラミング&オペレート、富正和が音響を担う。

石田彩子

【information】
現代奏造Tokyo 第9回定期演奏会
2024.5/9(木)19:00 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール

〈出演〉
指揮:板倉康明
独奏フルート:石田彩子
コンピュータプログラミング&オペレート:福澤龍一
音響:富正和(M-AQUA)
演奏:現代奏造Tokyo

〈曲目〉
シェーンベルク:主題と変奏 op.43a(1943)
ブーレーズ:イニシャル(1987)
武満徹:ガーデン・レイン(1974)
白岩優拓:委嘱作品(世界初演)(2024)
西岡龍彦:独奏フルートとコンピュータ、ウインド・オーケストラのための
『夢のかたち』(2024・改訂初演)
西村朗:秘儀IX「アスラ」(2023)

問:現代奏造Tokyo gendaisouzou.tokyo@gmail.com
https://gendaisouzou.amebaownd.com