マイヨーが描く現代版『白鳥の湖』
「『白鳥の湖』は、バレエと同義語であるといえるほど有名な作品です。この不朽の名作の改訂版に取り組むためには、長い期間が必要でした。意識しすぎずに、機が熟すのを待っていたのです。そしてある日、その時がやってきた。実に10年もの月日を要してしまいました」
制作にあたって最も大切にしたのは、どのような点なのだろうか。
「原作の持つ獰猛で複雑な要素をすべて写し直すことでした。私にとっては賭けでしたね。古典では控えめになっているように見えますが、『白鳥の湖』全編を通してのテーマは“闇”だと感じています。闇がすべてを支配しており、その意味するものは奥深い。登場人物たちは、昼は白鳥、夜は女性というハイブリッドの姿をしていて曖昧模糊としています。この複雑な人物像から推察されることは、人間は自分を取り囲む世界を合理化し、それに慣れたとしても、内面は極度に混乱状態にあることに変わりはないということです。まるで闇のようにね」
『白鳥の湖』はこれまでさまざまな振付家が改訂版を発表し、あらすじが変わってしまっているものもあるが、マイヨー版『白鳥の湖』は、古典と同様、王子と白鳥に姿を変えられた女性との悲恋物語である。ただし、登場人物を取り巻く背景やキャラクター設定は現代風にアレンジされており、最も異なるのは悪魔ロットバルトの代わりに「夜の女王」が登場することだ。
「夜の女王は、闇=暗黒に対する恐怖というものすべてを表しています。太古の昔から、人間はいつも昼がやってくるのを待ちわびていたものです。夜はわずかな物音でも人は恐れを感じます。それこそが『白鳥の湖』の主題なのです。不安に襲われながら昼と夜が移り変わるのは、白鳥が黒くなったり白くなったりする変化に通じます。夜の女王は私たちの子供時代の恐怖を呼び起こす存在なのです」
また、マイヨーの作品に共通する、現代社会にうごめく様々な問題や複雑な人間関係は、この作品にもふんだんに盛り込まれている。
「私にとって、社会を揺るがす問題は個人にも関わる問題です。程度の違いこそあれ、結局、同じ要素を内包しているのです。たとえば『ロミオとジュリエット』でキャピュレット家とモンタギュー家のようなふたつの社会集団が対立する憎しみは、『白鳥の湖』で夜の女王や王子の両親が示すような策略に非常に近い。『白鳥の湖』をご覧いただければ、私が作品に込めたエスプリがよく分かっていただけることでしょう」
さらに特筆すべきはダンサーのレベルの高さ。クラシックバレエとコンテンポラリーダンス両方の技法を用いた、スピード感と生命力に溢れる難易度の高い踊りはマイヨー作品の醍醐味のひとつだが、それを叶えるのはマイヨーの舞踊言語を的確に、余すところなく表現できるダンサーたちの存在があってこそ。
「現在17ヵ国50名のダンサーが所属していますが、彼らはもはや単なるダンサーではなく、為すべきことを知っている完全なコリオグラフィック・アーティストであると思っています。ダンスのレベルが優れているのはもちろん、何でも踊りこなし、私のアイディアをさらに発展させることができるのです。俳優としての演技力も申し分ありません。私が芸術監督に就任してから20年、このような多様性のあるバレエ団に成長したことを誇りに思います」
現代社会へ問題を提起しながら、普遍の愛の物語を織り上げた、このカンパニーでしか観られない舞台。見逃してはならない。
取材・文:石村紀子
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年2月号から)
モナコ公国 モンテカルロ・バレエ団『LAC〜白鳥の湖〜』
2/27(金)〜3/1(日) 東京文化会館
問:NBSチケットセンター03-3791-8888
http://www.nbs.or.jp