清水直子(ヴィオラ)

弾く楽器にかかわらず、名曲は名曲として存在し続けるのです

Photo:Ralph Bergel
Photo:Ralph Bergel

 あれ? これはなんの曲だったっけ…。
清水直子がヴィオラで演奏するJ.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲第5番」を聴きながら、ふと考えてしまった。幸か不幸か曲を知る者にとっては、チェロ作品の編曲という先入観に支配されてしまいがちだが、聴いているうちにそんなことは忘れてしまうほど、その音楽は自然に流れていく。
「作品そのものがベースにあり、それを演奏する楽器が、私の場合は偶然ヴィオラだったということなのだと思います。幸いなことにヴィオラで演奏する場合は原曲を移調する必要がなく、チェロよりも1オクターヴ高くなるだけですから、調性の違いによって曲の雰囲気が大きく変わることもありません。また今回は楽譜の指定にある調弦(=もっとも高い音のA線を、1音低いGの音にする)に初めて挑戦してみたのです。そのせいで得られる暗くて枯れたような響きが素晴らしかったので、苦労して習得した甲斐がありました。コンサートでも弾きながら『バッハは味わい深くて、やっぱりいいなあ』という感動を改めて覚えたのです」
 その考えは併録されているシューベルトの「アルペジョーネ・ソナタ」でも変わりはないだろう。アルペジョーネというわずかな期間で衰退してしまった弦楽器のために書かれ、多くの人が知るチェロでの演奏もすでに改作・編曲なのであるから、ヴィオラで弾くことが特別なことにはならないはずだ。
「この曲もヴィオリストの人生と共にあり、そのときどきで自分の音楽性や成長などが反映される作品です。バッハの曲も同じだと思いますが、演奏内容が充実していれば楽器がチェロであれヴィオラであれ、名曲は名曲として存在し続けるでしょうね。私の場合は主人(オズガー・アイディン)とのデュオですが、一緒に演奏するだけではなく、それぞれが別の仕事で得たアイディアなどを試せますし、お互いの変化を認め合いながらアンサンブルとして成熟していくことができますので、とても幸せなことだと感じています」
 その他、言うまでもなくベルリン・フィルの首席奏者として、多彩な指揮者との演奏を多数こなす。
「それもまたソロや室内楽における自分の演奏に反映されていくはずですから、自分の感覚を常に研ぎ澄ましていることが大切ですね。クァルテットなどやりたいことはたくさんありますけれど、私は“じっくり、ゆっくり”の人間ですから目の前にある仕事で手一杯。でもそうした性格のせいか、このように充実したCDができて満足しています」
取材・文:オヤマダアツシ
(ぶらあぼ + Danza inside 2014年9月号から)

【CD】
『無伴奏チェロ組曲第5番&アルペジョーネ・ソナタ』
マイスター・ミュージック
MM-2193 ¥2816+税