それから1年ほどが経ち、高3になった咲月たちは最後のコンクールに挑もうとしていた。
自由曲は創部40周年記念の新曲に決まっていた。だが、コンクールへの参加申し込みが近づいたころ、咲月たちは加島先生に「曲を変えたい」と異例の申し出をした。
「宇宙(そら)にいる川内くんに届けるために《宇宙の音楽》をやりたいです」
今年度のスローガンは『蒼天飛翔 〜最高の仲間と宇宙(そら)まで届く音楽を〜』に決まっていた。春輝への思いを込めたスローガンだ。それを実現するには自由曲は《宇宙の音楽》がベストだと咲月たちは考えたのだ。
曲を変更すれば、すでに練習を重ねている他校に遅れを取ることになる。だが、加島先生は好成績を取るよりも大切なことがあると考えていた。
「生徒たちの思いを認めないわけにはいかない」
加島先生は咲月たちの願いを受け入れた。
《宇宙の音楽》は宇宙の始まりであるビッグバンから、惑星、流星群、そして未知なる世界までを描いていく壮大な音楽だ。ゆったりとしたテンポで美しいメロディが流れる感動的な「ハルモニア」というパートも含まれている。
部員たちはこの曲に「宇宙にいる川内くんに会うために、みんなで宇宙旅行に出かける」というストーリーを考えた。また、「ハルモニア」にはこんな歌詞をつけ、歌いながら練習をした。
届けたいこの思いを いつまでも一緒だ 大切な仲間
ともに見た夢を叶えるから 待っててね 見ててね
夢の舞台でさ
思い出すあの夏の日々を 輝いていた
あの瞬間を 力にいま変えて
ありがとう 響かせよう この空いっぱいに
いま届けよう さあ手をとり合って みんなで
心がつながっている 大切な仲間との音楽
楽しもう やればできる 必ずできる 絶対できる
大好きだよ
ストーリーと歌詞によって部員たちの春輝への思い、曲のイメージがひとつになった。
6月16日、春輝の一周忌。打楽器パートの5人の3年生は揃って墓参し、静かに手を合わせた。
パートリーダーの楓は心の中でこう語りかけた。
(川内くん、私たちと一緒に全国大会に行こうね。都大会で代表に選ばれたら、また報告しにくるからね)
由佳はこんな思いを伝えた。
(川内くんは何かあるといつも私たちに「ありがとう」って言ってくれたよね。私たちこそ、ありがとう。川内くんのことを尊敬してるよ。私たち、最後のコンクールに出るから、見守っててね)
大切な仲間への思いを改めて確認した咲月たちは、吹奏楽コンクールに向けて熱い練習の日々を過ごした。練習中も、いつも春輝の存在を感じていた。
そして8月、東海大菅生はコンクール予選に出場。これを突破し、9月10日には激戦の都大会に挑んだ。演奏するのは、特別な思いで練習を重ねてきた《宇宙の音楽》だ。
加島先生は指揮台に自分と春輝のツーショット写真を置いて指揮をした。打楽器パートの咲月たちも、星となった春輝に届けようと熱演を繰り広げた。曲が「ハルモニア」のパートに差し掛かると、コンクールメンバー全員があの歌詞を心の中で歌った。
審査の結果、東海大菅生は金賞を受賞。そして、東京都代表に選ばれた。10月23日に行われる全日本吹奏楽コンクールへの出場が決まったのだ。会場は吹奏楽の聖地、名古屋国際会議場センチュリーホールだ。
「名古屋に川内くんを連れていけるね!」
「全国大会でも川内くんに演奏を届けよう!」
咲月たちは喜び合った。
あんなにも吹奏楽が大好きだったのに、思うように活動できないまま、ひとり宇宙へと旅立っていった春輝。病でつらいときも、表情にすら出さず、一心にバチを振っていた春輝……。
その姿は、咲月たちに多くのことを教えてくれた。練習がうまくいかないときでも、「大好きな音楽ができる自分たちは幸せなのだ」と思えた。
秋が深まりつつあるいま、高校吹奏楽界の頂点であるステージで東海大菅生が《宇宙の音楽》を演奏するときが近づいている。
大切な仲間のために、精いっぱい奏でよう。
宇宙(そら)まで届く音楽を——!
●vol.1 さいたま市立浦和高等学校 吹奏楽部
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●vol.3 日本航空高等学校 吹奏楽団
●vol.4 東海大学菅生高等学校 吹奏楽部
●vol.5 尼崎市立尼崎双星高等学校 吹奏楽部
●vol.6 秋田県立秋田南高等学校 吹奏楽部
●vol.7 千葉県立国府台高等学校 吹奏楽部
●vol.8 高校生による夢の吹奏楽コンサート
●vol.9 和歌山県立星林高等学校吹奏楽部
●vol.10 日本航空高等学校 吹奏楽団
●vol.11 日本ウェルネス高等学校 吹奏楽部
●vol.12 島根県立出雲商業高等学校 吹奏楽部
●vol.13 出雲北陵高等学校 吹奏楽部
●vol.14 柏市立柏高等学校 吹奏楽部
●vol.15 横浜市立保土ケ谷中学校 吹奏楽部
●vol.16 北海道札幌国際情報高校 吹奏楽部
●vol.17 駒澤大学附属苫小牧高等学校 吹奏楽局
●vol.18 船橋市立船橋高等学校 吹奏楽部
●vol.19 第51回マーチングバンド全国大会
●vol.20 生駒市立生駒中学校 吹奏楽部
●vol.21 京都橘高等学校吹奏楽部
●vol.22 洛南高等学校 吹奏楽部
●vol.23 スペシャル対談 上野耕平&児玉隼人
●vol.24 沖縄県立小禄高等学校 吹奏楽部
●vol.25 佐賀学園高等学校 吹奏楽部
●vol.26 中村明夫(長崎短期大学保育学科准教授)
●vol.27 石川県立金沢桜丘高等学校 吹奏楽部
●vol.28 第72回全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部レポート