
「レインボー」。ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート2026を一言でまとめるならば、このキーワードに集約されるのではないか?
何しろ、当演奏会の定番であるシュトラウス・ファミリーに代表されるウィーンゆかりのダンス音楽に交じって、アメリカ出身の作曲家の作品が初めて取り上げられる。その名も「レインボー・ワルツ」という題名で、作曲者はフローレンス・プライス(1887~1953)。ファーストネームからも分かるように女性であり、しかもアフリカ系の血を引いているということで、様々な偏見や差別に晒された。だがそのような逆境の中で、4曲もの交響曲をはじめとする様々な作品を発表し、20世紀前半におけるアメリカ音楽の一画を築き上げていった。
そんなプライスの「レインボー・ワルツ」とならんで、これまたニューイヤーコンサート史上初登場となる「セイレーンの歌」も要注目だ。こちらの曲を手掛けたのは、ウィーン出身のヨゼフィーネ・ヴァインリッヒ(1848~87)。女性が職業音楽家になるにあたり、歌手やピアニストになるしかなかった当時、それ以外の活動で話題を呼んだ女性音楽家である。自らヨーロッパ初の女性オーケストラを結成し、その指揮者を務めるかたわら、ヴァイオリニストとして、さらに作曲家としても活動した。
このように、2025年のニューイヤーコンサートに続いて、女性による作品が、しかも今回は2曲も取り上げられる。ジェンダー平等の動きの中で、当演奏会もそれに大きく貢献し始めたことの証に他ならない。

なお今回指揮台にあがるのは、この演奏会初登場となるヤニック・ネゼ=セガン(1975~)。フィラデルフィア管弦楽団やメトロポリタン歌劇場の音楽監督など華々しいポストを歴任しているキャリアから考えても、ある意味当然の登場といえばそれまでだ。ただしカナダ生まれという彼の来歴を考えると、この演奏会の指揮台に登る初の北米大陸出身者ということにもなり、単なる一指揮者の初登場という以上の意味合いを含んでいる。くわえてネゼ=セガンは、かねてから自身が同性愛的志向を持っていることを公言し、クラシック音楽…特に指揮者の世界における固定化されたジェンダーやセクシャリティのあり方に一石を投じてきた。
となると2026年のニューイヤーコンサートには、人種やセクシャリティの壁を乗り越え、多種多様な人間のあり方を許す、“レインボー”な世界を目指そうというメッセージが読み取れはしないか。またそうしたメッセージが、伝統と格式を誇るウィーン・フィルによって、新たな年の始まりにあたって、高らかに奏でられようとしているのではないか。このオーケストラが、つい30年ほど前までは女性楽団員の入団を認めてこなかったことを考えると、文字通り隔世の感があるといえる。
このように考えると、2026年のニューイヤーコンサートで取り上げられるウィーン縁のダンス音楽も、新たな姿をまとって浮かび上がってくる。ワルツ「南国のバラ」にせよ「エジプト行進曲」にせよ、ダンス音楽を通じて様々な地と音楽親善をおこなったシュトラウスの活動があってこそ生まれたもの。遥かな地への憧れや異国情緒を豊かに湛えながらも、単にそれだけに終わらない、音楽を通じて世界を結び付けようとする姿勢が見えてくる。そしてそうした姿勢は、ウィーン・フィルが長年にわたって活動の重要な柱としてきた音楽文化交流のあり方とも、見事なまでに重なってくる。
となれば、ポルカ「外交官」や、ワルツ「平和の棕櫚(しゅろ)」といった作品が取り上げられるのも納得がゆくというもの。各地で紛争が起こり、世界全体にきな臭さが漂う昨今の情勢だからこそ、“レインボー”のごとく、多様性を認め合う世界を音楽の力を通じて作り上げようという思いが、今回のニューイヤーコンサートには脈打っている。

(c)Dieter Nagl for Wiener Philharmoniker
文:小宮正安
ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート
ウィーンから生中継!!新年の喜びをウィンナ・ワルツとポルカで!
Eテレ 2026.1/1(木)19:00~
NHK FM 2026.1/1(木)19:15~
(再)Eテレ 2026.1/10(土)14:00~
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン 管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ゲスト:中谷美紀、ヘーデンボルク・直樹(ウィーン・フィル チェロ奏者)、三森健太朗(ウィーン国立バレエ団 第1ソリスト)
司会:高瀬耕造(NHKアナウンサー)
FM・解説:小宮正安(西洋文化史研究家)
FM・ご案内:田中奈緒子(フリーアナウンサー)
[演奏予定曲目]
ヨハン・シュトラウスⅡ世:オペレッタ「インディゴと40人の盗賊」序曲
ツィーラー:ワルツ「ドナウの伝説」op.446
ランナー:マラプー・ギャロップ op.148-1
エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「暴れる小悪魔」op.154
ヨハン・シュトラウスⅡ世:こうもりカドリーユ op.363
ヨハン・シュトラウスⅠ世:ギャロップ「パリの謝肉祭」op.100
スッペ:オペレッタ「美しきガラテア」序曲
ヨゼフィーネ・ヴァインリッヒ(W.デルナー編):ポルカ・マズルカ「セイレーンの歌」op.13
ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「女性の真価」op.277
ヨハン・シュトラウスⅡ世:ポルカ・フランセーズ「外交官のポルカ」op.448
フローレンス・プライス:レインボー・ワルツ
ロンビ:コペンハーゲン蒸気機関車ギャロップ
ヨハン・シュトラウスⅡ世:ワルツ「南国のばら」op.388
ヨハン・シュトラウスⅡ世:エジプト行進曲 op.335
ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「平和の棕櫚の葉」op.207
このほかにアンコール3曲予定
※表記は日本ヨハン・シュトラウス協会刊の『ヨハン・シュトラウス2世作品録』(2006)、『ヨーゼフ・シュトラウス作品目録』(2019)に準拠

