11月、紀尾井ホールでピアニストの仲道郁代さんがヴィンテージのスタインウェイを使用してショパンなどの作品を演奏するコンサートが開かれる。楽器は、1906年製造のハンブルク・スタインウェイのフルコンサートグランドピアノD-274だ。ブラジリアン・ローズウッド材をふんだんに使用したボディに、美しい彫刻が施された譜面台や脚が目を惹く。
スタインウェイ&サンズ社は1853年にニューヨークで創業。ロンドン支店を開設したのち、1880年に独ハンブルクに工場を建設し、生産をスタートさせた。今回の楽器はそれから約四半世紀後に製造されたことになる。ニューヨーク・スタインウェイの多くが戦禍に遭うことなく、現存する楽器が多いのとは対照的に、ドイツで製造された当時のハンブルク・スタインウェイは戦争でその殆どが失われており、今回のD-274は、二度の大戦をくぐり抜けたきわめて貴重な一台だ。2010年にパリのピアノ業者で発見したものだという。
修復を手がけた日本ピアノホールディング株式会社(群馬県高崎市)のスタッフによれば、同じスタインウェイ社の楽器でも「その年代、その年代の音がある」という。ハンブルクの場合は、ピアノの心臓部である響板に長年ルーマニアン・スプルース(トウヒ)が使われていたが、酸性雨などの影響で伐採が禁止され、アラスカのシトカ・スプルースに材料が変わった。フレームに使われる金属も含め、楽器製造も地球環境の変化と無縁ではいられないのだ。材質が変われば、当然音も変わる。スタインウェイ・ピアノは、19世紀末にはおおよそ現代のピアノに近い完成形になっていたと言えるが、そこから第1次世界大戦が始まる頃までが、最も上質な素材が使用された黄金時代であったという。
20世紀初頭の楽器の魅力は、どのあたりにあるのだろうか。特徴としては、特に高音部の音が純化し、クリスタルのような透明度をもつ一方、低音域は爆発的な音が出る。そうした楽器は現代ではなかなか作るのが難しいという。キーワードは“エイジング”。ヴァイオリンのストラディヴァリウス等にも象徴されるように、経年変化による木材の熟成が、芳醇な音を醸し出す。演奏家が弾き込み、さらに技術者が手を入れることによりエイジングされていくだけでなく、楽器そのもののポテンシャルが引き出され、音色の幅が広がっていくのだろう。
今回、11月の公演では、このピアノを弾くのは2度目という仲道さんのソロによるショパンのほか、チェロの辻本玲さんとの共演でフランクのソナタが演奏されるのも楽しみだ。20世紀初頭のヴィンテージ・スタインウェイをたっぷりと堪能できる貴重な機会。ぜひ、会場で銘器のサウンドに接したい。
取材・文:編集部
(ぶらあぼ2022年10月号より)
仲道郁代(ピアノ) 新鋭N響首席チェリスト辻本玲とパリのエスプリ
2022.11/15(火)19:00 紀尾井ホール
問:文化科学教育研究会03-6435-3874
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