INTERVIEW 沼尻竜典(指揮)& 挾間美帆(作・編曲)

ヨコハマ・ポップス・オーケストラ2022 JAZZ meets ORCHESTRA

名匠率いる地元のオーケストラが、気鋭作曲家の新作を世界初演
横浜の歴史と未来に思いを馳せる

取材・文:小室敬幸

「ヨコハマ・ポップス・オーケストラ」は神奈川フィルハーモニー管弦楽団が年一で開催する映画音楽やミュージカルなど、毎年異なる切り口で楽しませてくれるシリーズ。今年のテーマが「JAZZ meets ORCHESTRA」なのは、横浜JAZZ協会創立30周年記念で委嘱されたジャズ作曲家・挾間美帆の新作「ベイ・プロムナード」が初演されるからである。米国の使節ペリーと江戸幕府が日米和親条約を結んだ地である横浜が、現在の繁栄に至るまでの歴史をジャズとの関わりを交えながら描く、さながら交響曲のような大作だ!

神奈川フィルハーモニー管弦楽団
挾間美帆

挾間「テーマがしっかりとあるので標題音楽のイメージで書いていますが、歴史背景や土地の様子をふんだんに盛り込んでいるので自分だけの作品ではないと思っています。オケだけの第1楽章で“開国”を描き、オケとソリストがジャムするような第2楽章は“戦前”の伊勢佐木町が舞台になっています。第3楽章は“戦後”。現存する最古のジャズ喫茶ちぐさ(野毛)でかつてミュージシャンたちがセッションしてしのぎを削っていた様子を描くので、ソリストたちがオケと闘う感じで対峙し、第4楽章は“未来”でみなとみらいがテーマです」

 オケに対峙するソリストたちというのは、類家心平(トランペット)、椎名豊(ピアノ)、井上陽介(ベース)、ジーン・ジャクソン(ドラム)というベテラン勢によるカルテットだ。

挾間「大学のビッグバンドに入ったばかりの頃、実はジャズミュージシャンの即興を信じていなかったんです。絶対事前にコソ練しているに違いないと(笑)。なのでちゃんと即興するにはどうしたらいいか分からなくて、アメリカ留学前に音楽教室の大人のジャズピアノに2年ほど習いに行っていたことがあるんですけど、その先生が椎名さんだったんですよ。今回の作品は歴史を描くために戦前・戦後・現在……とかなり幅の広いスタイルをソリストたちには要求せざるを得ないので、20〜30年代のストライドピアノにも造詣が深くて、何より素晴らしいスウィング感が欲しかった。それでまず椎名さんにお願いしたんです。そこから本当にわがままをいってベストな布陣を組ませていただきました」

 指揮を務めるのは神奈川フィルの新音楽監督・沼尻竜典。年代も肩書きも異なる2人なのだが、話してみると大河ドラマの音楽が原点であることに意気投合! 紆余曲折あって現在の活動に至る経緯はとても盛り上がったので、ここでご紹介できないのが残念なぐらいだ。

挾間「沼尻さんって(ジャズピアニストの)塩谷哲さんと同じ中学校の先輩なんですよね? 塩谷さんがおっしゃるには沼尻先輩がクラシックでもジャズでも凄いピアノを弾くのを聴いて、僕はこの人に勝つことはできないと思ったそうなんです(笑)。そんな話を長いこと聞いていたので、今回またご一緒できるのが本当に楽しみです!」

 沼尻が挾間の新作にあわせてまず選んだのは、この分野の古典であるミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』の組曲版「シンフォニック・ダンス」だ。

沼尻竜典

沼尻「トニーが撃たれたところでワーグナーの《神々の黄昏》のライトモティーフが引用されたり、〈サムウェア〉のメロディはベートーヴェンの『皇帝』(の第2楽章)からきていたりと、バーンスタインがクラシックの作曲家をリスペクトしていることがよく伝わってくる作品でもあります」

 そしてコンサート冒頭を飾るのはウィリアム・シューマンの「アメリカ祝典序曲」(1939)だ。決してジャズ的な雰囲気は強くないが、この曲があることで「シンフォニック・ダンス」のアメリカ的側面が際立つはず。これまでも珍しい演目を積極的に取り上げてきた沼尻らしいチョイスだ。

沼尻「バーンスタインは1980年代前半に自作を含めたアメリカ音楽をロサンゼルス・フィルと何枚か録音していますが、『シンフォニック・ダンス』も『アメリカ祝典序曲』もその中に含まれていて、愛聴していました。僕も初めて振るんですけど、ちょうどいいかなと」

 公演会場は10月にリニューアルオープンする横浜みなとみらいホール。現在の館長である新井鷗子は、3年に一度開催される日本最大級の音楽フェスティバル「横浜音祭り」のディレクターも務めており、本公演もこのフェスの一環だ。

取材会場にて

沼尻「神奈川フィルの強みは本拠地が3つもあること。そのうちのひとつ、横浜みなとみらいホールにやっと戻れることが非常に楽しみです。オケはどんどん若返って、とっても上手くて良い状態にあります。今後が楽しみなオケなので皆様にぜひお聴きいただきたいですね」

挾間「祖父母が住んでいた青葉台には何度も行っていましたし、ヨット部だった両親にとっては葉山が青春の場所なので、名前が「美(しい)帆」になったんですよ(笑)。私自身にとっても(残念ながら先日閉店が発表された)モーション・ブルー・ヨコハマに青春の思い出がたくさんあって、縁を感じる神奈川でこういう素晴らしい機会をいただけたのは感慨深いです」

 皆から愛される港町横浜の歴史とこれからを一度に堪能できる、またとない機会となりそうだ。

左:沼尻竜典 右:挾間美帆(c)Agnete Schlichtkrull

ヨコハマ・ポップス・オーケストラ2022 JAZZ meets ORCHESTRA
2022.10/30(日)17:00 横浜みなとみらいホール
●出演
沼尻竜典(指揮)
ヨコハマ・ポップス・オーケストラ(神奈川フィルハーモニー管弦楽団)
類家心平(トランペット)
椎名豊(ピアノ)
井上陽介(ベース)
ジーン・ジャクソン(ドラム)
●曲目
W.シューマン:アメリカ祝典序曲
バーンスタイン:ウエスト・サイド・ストーリーより「シンフォニック・ダンス」
挾間美帆:横浜JAZZ協会創立30周年記念委嘱作品 「ベイ・プロムナード」*世界初演
●料金
S席¥5,000 A席¥4,000 B席¥3,000 ユース(25歳以下)¥1,000
*ユース=当日券が発売される公演のみ、当日窓口にて先着販売(席は選べません)

問:神奈川フィル・チケットサービス045-226-5107