第21回(2021年度)佐治敬三賞決定

「オーケストラ・ニッポニカ第38回演奏会 松村禎三交響作品展」
「オペラ『ロミオがジュリエット』世界初演」

 「佐治敬三賞」の2021年度受賞公演に「オーケストラ・ニッポニカ第38回演奏会 松村禎三交響作品展」「オペラ『ロミオがジュリエット』世界初演」が選出された。同賞は、国内の音楽を主体とする公演の中から、チャレンジ精神に満ちた企画でかつ公演成果の水準の高いすぐれた公演に対し、公益財団法人サントリー芸術財団が毎年贈っている賞で、今年で21回目を数える。

オーケストラ・ニッポニカ第38回演奏会 ©︎ 澁谷学
オペラ『ロミオがジュリエット』 © 金サジ

 オーケストラ・ニッポニカは、故・芥川也寸志氏の志を継ぎ、2002年に設立。日本人の交響作品の蘇演や委嘱新作の演奏に積極的に取り組み、アジア圏での音楽祭開催など、国際交流にも力を入れている。2016年には、野平一郎がミュージック・アドヴァイザーに就任した。受賞公演は、松村と交流のあったピアニスト渡邉康雄を迎えての貴重な実演の機会となった。今年7月には設立20周年記念演奏会を予定している。
 現代音楽のエキスパートである太田真紀(ソプラノ)と山田岳(ギター)は2013年よりデュオ活動をスタート。足立智美、松平頼曉をはじめとする作曲家への委嘱や海外作曲家の日本初演も多い。AIが台本をつくり、さまざまなメディアを介して構築されていく足立智美(作曲)の音楽世界がオペラという形態で描き出される斬新な新作舞台となった。本公演は令和3年度文化庁芸術祭大賞も受賞している。

◎「オーケストラ・ニッポニカ第38回演奏会 松村禎三交響作品展」
2021.7/18(日) 紀尾井ホール
野平一郎(指揮) 渡邉康雄(ピアノ) オーケストラ・ニッポニカ
曲目:松村禎三:ピアノ協奏曲第1番(1973)、「ゲッセマネの夜に」(2002/2005)、交響曲第1番(1965)
http://www.nipponica.jp

<贈賞理由>
 オーケストラ・ニッポニカの「松村禎三交響作品展」は、《ピアノ協奏曲第1番》(1973)、《ゲッセマネの夜に》(2002/2005)、《交響曲第1番》(1965)を優れた演奏で聞かせ、昭和の巨匠の思考と感性を今の時代に突き付けた。
 三つの作品は作曲年代が離れており、互いの語法に隔たりがあるが、60-70年代の松村の若いエネルギーが《ゲッセマネ》の熟したオーケストレーションと別物だというような印象を与えることはない。昭和の後半を駆け抜け、西欧前衛の影響を受けながら常に日本という皮膚感覚を強く意識し、個の確立を保ち続けて、技法以上の大きな世界観を打ち立て、神がかり的な書きぶりに至っている。その筋道が野平一郎指揮のオーケストラ・ニッポニカによってくっきりと浮かび上がった。
 構造の不確かさは、個性的でユニークな対比や音形の連関に置き換えられる。フランス的語法に依りながらも、響きの追求というよりはむしろ構成上の節目に沿って楽器のメリハリをつけ、本来的意味でのオーケストレーションの多様性を掘り起こしている。特に《ピアノ協奏曲》では渡邉康雄の風格あるソロが求心的な核となり、この作品が80-90年代に一世を風靡した現代日本独特のオーケストレーションの先駆であることが浮き彫りになった。
 特殊奏法や倍音を異化する今日的響きのつくりとは異なり、ピッチの中で音色を作り、いわゆるハーモニー化された響きを反復音型の中で時間上に紡いでいく《交響曲第1番》は、今回の演奏によって特別に新しい局面をあらわにした。楽器間のバランスやフレーズの中のアクセントの妙味によって決して平板ではないテクスチュアが打ち出され、指揮を担当した野平自身の音色感もあいまって新たな陰影が生まれ、これまでに聞いたことのない印象が松村作品から引き出された。
 昭和の偉大な遺産を、あえて今日的な音響感のフィールドに置き、チャレンジ精神をもって取り組んだオーケストラ・ニッポニカ第38回演奏会は、作品の新たな価値を導き出しており、佐治敬三賞にふさわしい公演であった。
(水野みか子委員)

◎「オペラ『ロミオがジュリエット』世界初演」
2021.11/5(金)〜11/7(日) THEATRE E9 KYOTO
足立智美(作曲) あごうさとし(演出)
GPT-2(台本)※原作 ウィリアム・シェ-クスピア「ロミオとジュリエット」
太田真紀(ソプラノ)、山田岳(ギター)
曲目:オペラ『ロミオがジュリエット』ソプラノ、ギター、電子音響のための(2021 太田真紀&山田岳委嘱 世界初演)
太田真紀&山田岳オペラ《ロミオがジュリエット Romeo will juliet》世界初演
https://askyoto.or.jp/e9/ticket/20211105

<贈賞理由>
 オペラ《ロミオがジュリエット》は、足立智美が台本と作曲を、あごうさとしが演出を担当し、太田真紀の独唱、山田岳の演奏で初演された。自身、声や身体や自作楽器、電子機器を用いて演奏の現場に携わるパフォーマーである足立は、今回シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を学習させたAIによってネット上からこの原作に関する情報を集め、新たなテクストを生成させ、さらに邦訳させたものを基本的なテクストにした。その方法論は、足立による再編成を経ることによって、結果的に原作に依拠しつつも、まったく新しいオペラ台本を産み出したが、それは原作を換骨奪胎して新たなテクストを産み出すジェイムス・ジョイスやハイナー・ミュラーのような文学的・演劇的手法をAIとインターネットという今日的メディアを介して行ったものとも言える。その意味でこれは、ベケットの『しあわせな日々』を参照点とし、アングラ劇のイメージとも交差しつつ行われたあごうによる演出とあわせ、シェイクスピア作品を活かしつつ再創造した現代的な作品として、舞台創作史上にも確固たる位置づけを与えられるものでもある。
 さまざまな文体とちぐはぐで荒唐無稽な意味内容からなるテクストから、太田は持ち前の多彩な声と声楽技術を駆使して、万華鏡のような語りと歌の世界を作り出し、山田はアヴァンポップからルネッサンス期のリュート音楽、最新のギター手法と前衛手法を横断する足立の音楽に対し、アコースティックギター、電気ギター、リュートを超絶的な技巧をもって自在にこなしながら、自らステージの一員として参画した。両者による総合的な舞台効果は観るもの・聴くものを圧倒した。
 舞台作品の今をさまざまな観点から俯瞰し集約しつつ、新たな創作と秀逸な上演が行われたという成果から、本公演を2021年度の佐治敬三賞に相応しいものと評価するが、松村禎三作品への新鮮なアプローチを行った野平一郎とオーケストラ・ニッポニカの演奏会も本公演に勝るとも劣らない成果を上げたという理由から、2公演の同時受賞となった。
(長木誠司委員)

佐治敬三賞
https://www.suntory.co.jp/sfa/music/saji/