会場の全員が感動をシェアした神奈川フィル29年ぶりの東京公演 
川瀬賢太郎指揮の集大成

文:池田卓夫
写真撮影:藤本史昭

 開演の時点で、成功が約束されたコンサートだったのかもしれない。神奈川フィルハーモニー管弦楽団が2022年2月22日、東京オペラシティコンサートホールで行った29年ぶりの東京公演は満席の聴衆(細川俊夫、川島素晴、山下一史、ガエタノ・デスピノーサ、篠崎史紀ら “ギョーカイ” VIP多数)を集め、当日券窓口も長蛇の列だった。

 何がそれほどまでの関心を集めたのか? 第1には2014年から常任指揮者を務め、楽団の水準と士気を激しく高めた川瀬賢太郎が3月末で退任する前に、その成果を見届けたい思い。次いでは、来年(2023年)生誕100年を迎えるリゲティの初期と後期の作品にマーラーの「交響曲第5番」を組み合わせた意欲的なプログラム。あと1つ、品川在住で横浜、川崎が身近な筆者は今まで考えたこともなかったことだが、杉並区や北区、葛飾区あたりの都民には神奈川フィルが「遠い存在」だったゆえの希少価値。

 とにかく開演時刻に楽員が舞台に現れた瞬間、“すごい名演”を聴いた後に匹敵する盛大な拍手が起きた。リゲティの1曲目、1951年の「ルーマニア協奏曲」はコダーイ、エネスクを思わせるエスニックな情感たっぷりの作品で、一気に客席のハートをつかんだ。続くオペラ「グラン・マカブル」(1978年初演)の秘密警察官ゲポポのアリアに基づくハワース編曲「ミステリー・オブ・ザ・マカブル」(室内楽版)は対照的に、暗号化された断片的な言葉を連射するブラックな音楽。数日前の別楽団定期を急性胃炎で降板したソプラノの半田美和子が点滴の袋を携え、白衣姿の川瀬と登場する自虐で始まった。打楽器奏者たちが、川瀬やコンサートマスター石田泰尚、﨑谷直人らのポスターをビリビリ破くパフォーマンス、絶叫連続の怪演で圧倒する半田に向かって川瀬が「おばさん、いい加減にしてください!」と怒鳴った瞬間、プリマドンナが食らわす鉄拳(もちろん真似だけで、音は打楽器奏者から)などの演出と、ラトル指揮ハンニガン独唱の名コンビの定番を脅かすほど切れ味のいい演奏により、会場のテンションを一気に高めた。

 後半のマーラーは完全に新世代の演奏。川瀬は第1〜3楽章をメリハリよく進め、第4楽章アダージェットで感情を一気に開放、第5楽章で神奈川フィルとの実りある日々の成果をはっきりと音で示した。ブラヴォーはできずとも破格の熱い拍手が続き、川瀬と首席トランペットの林辰則、首席ホルンの坂東裕香の3人が舞台に呼び戻された。心洗われ、長く心に残る素敵なコンサートだった。

写真提供:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
写真提供:神奈川フィルハーモニー管弦楽団