作曲家への深い想いを込めたシューベルティアーデ
2018年から2年間、4回にわたるベートーヴェンのリサイタル・シリーズを行った河村尚子。コロナ禍の今、「音楽史的に自然な流れ」として捉え、向き合おうと考えたのはシューベルトである。春(3/24)と秋(9/13)の2回に分けて、シューベルトの後期ソナタ第18〜21番の4作品を取り上げる。それぞれのソナタの前には、「オードブルのように組み合わせた」という小品もプログラミング。3月のプログラムでは、前半と後半の曲想に見られる大きなコントラストも魅力の一つだ。
「シューベルトの後期ソナタはいずれも長大ですが、なかでも今回前半に演奏する第18番の『幻想』ソナタは、とてものんびりとした時間感覚をもっています。まるで、何も予定のない休日の過ごし方のような。慌ただしい日常から離れ、時が過ぎるのを忘れて、友人といつまでも楽しく思い出話を語り合っているような時間感覚ですね。それとは打って変わって、後半の『3つの小品』第1番やソナタ第19番 ハ短調は、どこか日常に引き戻されてしまうような、焦燥感にも似た時間感覚をもった音楽です。どちらもシューベルトが自分の死期を予見していたであろう時期に作られました。ソナタ第19番は死の2ヶ月前に書かれており、第4楽章のタランテラには『死と乙女』を彷彿とさせる面もありますね。限られた時間の中で何かを残そうとする強い思いを感じます」
また、前半は冒頭に即興曲 D935 第3番も配され、シューベルトらしい伸び伸びとした穏やさのある長調の世界であるのに対し、後半の2作品は緊張感に満ちた短調の響きに彩られる。とりわけハ短調のソナタには、ベートーヴェンの影響が色濃く反映されている。
「同時代に生きた尊敬するベートーヴェンのピアノ作品、たとえば『創作主題による32の変奏曲』のテーマや、最後のソナタ第32番の第1楽章コーダなどから、モチーフ・リズム・ハーモニーの面で、はっきりと影響を受けていることがわかります」
その一方で、ドイツのボンで生まれたベートーヴェンと、生粋のウィーン人シューベルトのキャラクターの違いも意識されるという。
「ウィーン人のメンタリティは、几帳面なドイツ人の気質と違い、どこか明るくて大雑把なところがあるようです。歴史的には、東欧も広く支配していたハプスブルク家の街ですから、人々はスラヴ的な考え方やラテン的な感じ方、センスの良い曖昧なニュアンスも持っています。シューベルトの音楽を表現するときには、やはりそうしたキャラクターも大事にしたいですね。私自身はドイツと縁が深いので、そこは一つの挑戦でもあります」
長大な後期作品の演奏には、テンポ設計を踏まえたロマン派的表現も追求したいと語る。音楽史への眼差しに裏付けられた、河村らしいシューベルトの演奏に期待が膨らむ。
取材・文:飯田有抄
シューベルト プロジェクト第1夜
河村尚子 ピアノ・リサイタル
2022.3/24(木)19:00 紀尾井ホール
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212
https://www.japanarts.co.jp