巨匠が極めたピアノ芸術を共有する特別な時間
今年5月、エリザベート王妃国際音楽コンクールのピアノ部門が開催され、務川慧悟と阪田知樹のふたりの日本人が受賞して話題を呼んだが、かつてこのコンクールで優勝を果たして大きく運命が変わったのが、ピアニストのヴァレリー・アファナシエフだった。ソ連出身のアファナシエフは、コンクール優勝をきっかけとして、ベルギーで演奏会を開いた際に西側に政治亡命を敢行した。以来、世界各地で演奏活動を繰り広げ、とりわけ日本へは1983年の初来日以来、たびたび来日して記憶に残る演奏を聴かせている。
よくアファナシエフを形容する言葉として用いられるのが「鬼才」。作品を一から見直すことによって独特の解釈を練り上げ、ときには極端に遅いテンポを採用することも辞さない。音楽のみならず言葉においても雄弁なピアニストであり、その音楽論は決して万人にとってわかりやすいものではないが、結果として刺激的な音楽が生み出されていることはまちがいない。
今回の王子ホールでのリサイタルは「TIME」と題される3年にわたるシリーズの第1回にあたる。ピアノ音楽史における重要作を年代順にたどるコンセプトが掲げられ、まずはバッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻より8つの「前奏曲とフーガ」、そしてモーツァルトの幻想曲ハ短調 K.475とピアノ・ソナタ ハ短調 K.457が演奏される。いかにもアファナシエフらしい凝縮された純度の高いプログラムというべきだろう。孤高のピアニストが誘う小宇宙への旅を体験したい。
文:飯尾洋一
(ぶらあぼ2021年11月号より)
2021.11/16(火)19:00 王子ホール【チケット完売】
問:王子ホールチケットセンター03-3567-9990
https://www.ojihall.jp