伊藤万桜(ヴァイオリン)

北欧の感性とシュトラウスの内面性を同時に表したい

(c)Fukaya Yoshinobu/auraY2

 流麗で明るい音色を響かせながらも、どこか常に陰がある…。11月に発売となるヴァイオリニスト伊藤万桜のデビューCD『Flessibile(フレッシービレ)』を聴くと、そうしたアンビバレントな要素が共存していることに驚かされてしまう。両面性がかくも見事に発揮されたグリーグのソナタ第3番では、エグみや民俗性が過度に強調されることなく、まるで等身大のグリーグから内面性が表出しているかのようだ。

 「中学生の頃、飛行機の中からオーロラを見て、北欧と北欧の作品に強く惹かれるようになりました。おとぎの国のような美しい大自然をイメージしつつ演奏しているのですが、同時におとぎ話の可愛らしい中にも、水面下には泥臭さがあったりしますよね。そういう言葉では言い表せないような感情が音で表現できたらなと」

 G線での太い音色は実に魅力的で、押し付けがましくないのに芯のある主張が伝わってくる。“引きの美学”を感じさせる歌い口は、小品の「タイスの瞑想曲」「ヴォカリーズ」においても存分に堪能できる。

 「タイスは最初の音から胸が苦しくなります。弾いていると心が痛むんです」

 清らかなイメージの強い「タイスの瞑想曲」だが、原曲のオペラでは主人公がこれまでの生き方を振り返り、人生観を変える決断をする…という楽曲だ。普段から人の気持ちに敏感で、感情移入しやすいタイプだという伊藤は、この曲の至るところから苦しみを感じ、それを音にして我々に伝えてくれる。そんな彼女がいま一番、共感しながら演奏しているのがリヒャルト・シュトラウスのヴァイオリン・ソナタであるという。

 「学生時代に、師匠である大谷康子先生が弾かれているのを聴いて、一目惚れしてしまったんです。他のどの曲をおいても、R.シュトラウスのソナタが一番好きな曲ですね。オーケストラのようであり、同時にオペラのアリアのようでもあります」

 大谷のように華やかな音色で演奏されることの多い本作だが、伊藤はこの作品から青春の期待や不安を感じさせる情緒を巧みに引き出し、独自の魅力で聴かせている。特に好きだという第2楽章は内面性の発露が聴きどころ。必聴の演奏だ。

 「CD発売記念の演奏会ではR.シュトラウスをメインに据えるのですが、あとはお客様に合っていると言われることの多い舞曲を多く取り上げます」

 バルトークのルーマニア民俗舞曲、ファリャのスペイン舞曲といった定番レパートリーに加え、比較的珍しいラフマニノフのハンガリー舞曲といった作品も。演奏解釈、レパートリーの両面から新しい出会いをもたらしてくれる伊藤万桜の活動に要注目だ。
取材・文:小室敬幸
(ぶらあぼ2021年11月号より)

伊藤万桜 1st CD発売記念コンサート The Debut
2021.11/12(金)19:00 音楽の友ホール
問:MIグループ03-6913-3401
https://www.maoito.info

SACDハイブリッド『Flessibile』
アールアンフィニ
MECO-1066 ¥3300(税込)
11/17(水)発売