多彩な選曲のリサイタル盤。加耒徹は表現の幅や声のカラーのパレットが豊かな人。たとえば1曲目が陰のあるむき身の表現で歌われて、いつも聴く明るく輝かしい声と違うなと思っていると、2曲目ではそれが全開。そうか。美声で歌うばかりが正道ではない。マーラー「さすらう職人の歌」も声の劇的変化が見事で、彼の歌の世界に引き込まれる。英国歌曲にもウェイトを置いているのはこの人らしさだろう。英語のやわらかな語感。ピアノで好サポートする松岡あさひの〈すいぞくかん〉は可憐かつドラマがあって胸に迫る。最後のレミゼは鮮烈。うっかりバルジャン逮捕を応援したくなる。
文:宮本 明
(ぶらあぼ2021年11月号より)
【information】
SACD『moment―歌道―/加耒徹&松岡あさひ』
シューベルト:海の沈黙、漁師のうた/マーラー:歌曲集「さすらう職人の歌」/ヴォーン=ウィリアムズ:リンデン・リー/フィンジ:歌曲集「さあ花束を捧げよう」/山田耕筰:鐘がなります/松岡あさひ:すいぞくかん/コルンゴルト:歌劇《死の都》より/C.M.シェーンベルク:ミュージカル「レ・ミゼラブル」より 他
加耒徹(バリトン)
松岡あさひ(ピアノ) 他
オクタヴィア・レコード
OVCL-00759 ¥3520(税込)