バッハとクセナキスを軸に多様な音世界をアルバムに凝縮
さまざまな種類の打楽器を演奏してその多様な魅力を伝えるマルチ・パーカッショニスト悪原至。
「打楽器奏者の中には一つの楽器に特化している方も多いですが、『本職』は定めていません。特定の楽器に重点を置くか、分け隔てなく演奏するかは、打楽器奏者としての個性のひとつだと思います」
注目の新譜はバッハとクセナキスを軸にしたアルバム。加藤昌則とアンナ・イグナトヴィッチ(ポーランド)の同時代作品を合わせた。
「選曲の際、テーマやコンセプトは決めませんでした。制限のない選曲にこそ、奏者の個性やそのときの意識が反映されると思うのです。結果として、クセナキス以外は、教会の中で聴きたくなるような、旋律の美しい作品が集まったように感じています」
ヴィブラフォンで演奏したバッハが新鮮だ。独特の長い余韻の響き。
「ヴィブラフォンでバッハに取り組んだのは初めてです。長い余韻が、とくに第1楽章アダージョにマッチするのでは、と考えて無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番BWV1001を選びました。なかなかの挑戦でした。ヴィブラフォンはペダルを踏むと叩いたすべての音が響き続けてしまうため、余韻をマレットで消したり、繊細なペダリングでコントロールする必要があるのです。ある程度納得いくようになるまでは半年以上の鍛錬が必要でした」
クセナキスは博士論文の研究テーマでもあった。
「研究家のマキス・ソロモスは、クセナキスの作品はアポロンとディオニュソスの性格を併せ持つと述べています。高度に洗練された知識により緻密に作り上げられた構造が、ときに暴力的なまでに本能に訴えかけてくるのです。収録したオーボエと打楽器のための『ドマーテン』(1976)と3台のジャンベのための『オコ』(1989)は、クセナキス作品の時系列に置くと興味深い発見があります。『ドマーテン』は打楽器アンサンブルの傑作『プレイアデス』の2年前の作品。『プレイアデス』の最大の魅力は複雑な連符による音の銀河のようなテクスチュアですが、その先駆けのようなパッセージが現れます。一方晩年の『オコ』は、『ルボン』のパッセージが引用されるなど、過去の作品の特徴的なテクスチュアが盛り込まれています。それをジャンベに演奏させることで、アフリカの打楽器であるジャンベの可能性を最大限に引き出そうとしたとも言えます」
打楽器音楽の魅力は、多彩な音色が生み出す世界観にあると説く。
「聞こえてくる音に耳を傾け、その音空間に身を委ねる。経験したことのない世界観を感じることができるはずです」
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ2021年6月号より)
CD『悪原 至 × 打楽器 II』
コジマ録音
ALCD-7262
¥3080(税込)