新型コロナウィルスの影響を受け続けるクラシック音楽界だが、各団体が様々な方法論を模索しながら活動が再開しつつある。しかし、いまだ厳しい状況下にあるのが、これから芽を出すべき若手音楽家たちで、彼らが学び、経験を積む場が激減している。殊に若き指揮者にとっては深刻で、大勢を相手に実地の訓練を重ねる機会がほぼ無くなっているのだ。
この状況に危機感を持った藝大フィルハーモニア管弦楽団のファゴット奏者、依田晃宣の呼びかけで、この8月上旬、勉強や演奏の場を失ってしまった若手指揮者たちが今後も演奏を続けていくために、様々な活動において必要な演奏映像の撮影を行うための試演会が、三鷹市芸術文化センター風のホールで開催された。3人の指揮者がプロ奏者によるオーケストラを指揮した映像を収録する企画だが、その狙いは「映像収録だけでなく、特別編成のオーケストラとのリハーサルは、音楽を分かち合う共同作業の場となることで双方において今後の糧となり、ひいては日本の音楽界に寄与する」というもの。映像が彼らの貴重な材料になるばかりか、プロ相手に真剣勝負のリハーサルと一発勝負の演奏をすること自体が、何より大きな経験になる。
この日のオーケストラは、東京交響楽団コンサートマスター水谷晃を中心に、N響、東響、日本フィル、読響、都響ほかの奏者やソリストたちが集う、全員を紹介できないのが残念なほどの豪華さ。指揮者は出演順に、井手奏、山本亮、平石章人の3人。井手はベートーヴェン交響曲第4番第1楽章。9曲中でも特に難曲とされる楽章だが、オーケストラは最初からほぼ完璧で圧巻の合奏。井手は端正な指揮ぶりで、慎重にリハーサルを進めた。プロ団体の指揮研究員も務めている山本はモーツァルト交響曲第35番「ハフナー」第1楽章で、明快な指揮で思いを伝えて、早めに切り上げた。平石はベートーヴェン「エグモント」序曲を、個性的な指揮と熱心な語り口で作り込んでいった。
若手指揮者は学生等の楽団を“整える”ことはあっても、その曲を何百回も演奏してきた「本物のプロフェッショナル」を相手に、短時間で自分の音楽を伝えて“作り上げる”という経験はめったにない。「お金を出しても買えない、本当に貴重な機会です」と口をそろえた3人は、緊張した面持ちながら各人の持ち味を発揮。プロ奏者の醸し出す張り詰めた空気の中、三者三様のリハーサルで各自の音が引き出されていく様は見ごたえがあった。
リーダー役の水谷が、笑顔で指揮者の意向を確認しながら、円滑に練習を進めていたことも印象的。彼自身、この春以降は外国から指揮者が来られなくなり、混乱が起きてしまったことから、日本楽壇の現状に危機感をもち、この場に並々ならぬ思い入れを持っていた。今後も新たなウイルス等により同様の状況になる可能性はあり、そのときにすばらしい日本の指揮者がたくさんいてほしい、そのために若手にチャンスを用意したい。先述の「音楽を分かち合う共同作業」「双方において今後の糧となる」という言葉を依田も水谷も強調しており、「若手指揮者のため」でありながら、プロオーケストラのためにも、聴衆のためにも、ひいては「日本音楽界のため」にもなっていくのである。
水谷は「3人のすばらしい指揮者たちの名前をぜひ記事中に!」とも強調していた。その未来への思いが託された、井手奏、山本亮、平石章人の今後の活動を注目していきたい。そして、今回のような、若手を鍛えて成長のきっかけを作れる場が、今後も継続して開催されていくことを強く期待したい。
取材・文:林 昌英
【動画】若手指揮者による試演会