METライブビューイング2019-20シーズン 後半の見どころ聴きどころ

心とろかすガーシュウィンの名作からワーグナーの出世作、3つの「歴史ヒロインもの」まで

 ニューヨークのメトロポリタン歌劇場のハイライトを映画館で体験できるMETライブビューイング。2019-20シーズン後半の5演目は、なんと3つが新演出。キャストも適材適所で、見逃せない作品ばかりだ。

 一番の話題作は、現地で今季のシーズンオープニングを飾った《ポーギーとベス》(新演出)だろう。アメリカの国民的作曲家ガーシュウィンが、貧しい黒人たちの喜怒哀楽をジャズやゴスペルを取り入れながら描いた、アメリカの“国民的”オペラだ。麻薬や殺人が横行する日常の生活を描きながら、なぜか悲惨さはかけらもなく、今を生きる彼らの姿に深い共感を覚えるのは、名曲〈サマータイム〉に代表される、心とろかすガーシュウィンの音楽ゆえかもしれない。METでは何と30年ぶりの上演で、待ち望まれていたこともあってか全日程が完売となり、同劇場でもまれな追加公演が行われる騒ぎになった。

 すべて黒人と指定されたキャストの顔ぶれも最高だ。心に響く魂の声を持つE.オーウェンズ、よく通るゴージャスな美声で世界を席巻するA.ブルーら注目のスターが揃っている。J.ロビンソンのカラフルでダイナミックな演出、ブロードウェイで活躍するC.A.ブラウンの振付によるダンスも絶賛された。きっとこのすべてに魅了されることだろう。

《ポーギーとベス》
C)Paola Kudacki/Metropolitan Opera

 もう一つの注目作は《さまよえるオランダ人》(新演出)。幽霊船伝説を題材にしたオペラで、ワーグナーが本領を発揮し始めたオペラとしても知られる。ワーグナー自身が海上で嵐に遭遇した経験に霊感を得たとされる音楽は暗く激しい情熱に溢れ、「海の風が吹きつける」と評されたという。

 映画監督としても活躍するF.ジラールの演出は、巨大な「瞳」をモティーフにした神秘的なもの。聴き手を巻き込む魔法のような音楽を奏でるV.ゲルギエフの指揮のもと、E.ニキティン、A.カンペ、F=J.ゼーリヒらワーグナーのスペシャリストが揃う中で、藤村実穂子がマリー役を歌うのに注目したい。ワーグナーの総本山バイロイト音楽祭に9年連続登場したのをはじめ、世界の一流劇場、オーケストラから引く手数多のトップスターである。なんとこれがMETデビュー。ライブビューイングに日本人が登場するのも初めてだ。世紀の瞬間を、映画館で見届けよう。

《さまよえるオランダ人》
C)Ken Howard/Metropolitan Opera

 他の3作は、「歴史もの」かつ「ヒロインもの」という点で共通する。ローマ帝国の実在の人物たちがドロドロの権力闘争を繰り広げる《アグリッピーナ》(MET初演/新演出)、1800年のローマを舞台にした愛と欲望のドラマ《トスカ》、イギリス史の華であるエリザベス女王とメアリー・スチュアートの女の闘いを描いた《マリア・ストゥアルダ》。タイトルロールには、現代を代表するプリマ・ドンナがずらりと並ぶ。アグリッピーナにJ.ディドナート、トスカにA.ネトレプコ、マリア(メアリー)にD.ダムラウ。さすがMETの豪華な顔ぶれである。METライブビューイングは、今のとびきりのスターたちと出逢える場でもあるのだ。
文:加藤浩子
(ぶらあぼ2020年4月号より)

METライブビューイング2019-20シーズン
https://www.shochiku.co.jp/met/
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