
Hiroaki Fueda
テノール
音楽やドラマ、歌手のエネルギーをダイレクトに感じてもらいたい
「日本のデル・モナコ」との呼び声が高いテノールの笛田博昭。輝かしく開放的で、ボリューミーな美声とスタミナは確かに日本人離れし、海外の歌劇場の来日公演にキャスティングされてもぴたりとハマる。この1月にはウクライナ歌劇場の《トゥーランドット》でカラフ役を歌い、「とても楽しかった」(笛田)とのこと。そのメンタリティもまた、日本人離れしているのではないだろうか。
その笛田が近年情熱を燃やしているのが、ヴェルディの中期から後期の重めの役柄である。昨年2月に大阪交響楽団と共演して絶賛を博した《運命の力》のドン・アルヴァーロや、この秋、全国4ヵ所で上演される全国共同制作オペラ《イル・トロヴァトーレ》(新制作)で歌うマンリーコといった役だ。マンリーコはイタリア・デビューの役でもあったが、その時はさすがに「楽しい」とはいかなかったようだ。
「《イル・トロヴァトーレ》を全曲歌ったのは、イタリアのフェッラーラ国際コンクールに優勝した副賞だったんですね。コンクールで歌った曲が《トロヴァトーレ》だったので、全曲できるかと聞かれて。僕以外は全員イタリア人でしたので、すごく緊張しました。それ以前に日本で歌ってはいたので、レパートリーではあったのですが」
《イル・トロヴァトーレ》は、15世紀のスペインを舞台に、母を殺されたロマの女アズチェーナの復讐と、恋の三角関係がもたらす悲劇を描く。ヴェルディのオペラの中でも血湧き肉躍る音楽が連続する、とてもイタリア的な作品だ。
「正直、日本人が演じるのは大変だと思います。ただ声が出ればいいというわけではなく、体から溢れるエネルギーや、感情、情念の表現が求められます」
《イル・トロヴァトーレ》、そしてマンリーコ役の聴きどころは?
「マンリーコはヴェルディの悲劇的なヒーローですよね。〈見よ、恐ろしい炎〉のような素晴らしいアリアがあり、最初の影歌もとてもきれいで、その後の三重唱もいい。ちょっと残念なのは、恋人のレオノーラとの二重唱が短いところでしょうか。
物語としては“アズチェーナのオペラ”だと思います。ドラマを回しているのが彼女なので、アズチェーナに重厚感があってエネルギッシュでないと成立しない作品です。その点、今回のキャストのお二人(清水華澄、谷口睦美)は存在感があってとてもいいですよね。
この作品では、普段は他人に見せないような憎悪や復讐、恨みといった感情が噴出しています。マンリーコやレオノーラはそれほどではないけれど、ルーナやアズチェーナなどはそのために生きているようなものです。例えば幕切れで、アズチェーナがこれで復讐を果たした、と叫ぶ場面。自分が実子のように育てたマンリーコへの愛情はあるけれど、それよりもルーナ一族への復讐が勝ってしまう。そうした感情を歌い上げるメロディ、熱い音楽を、表現しなくちゃいけない。日本人の感覚とは違う感情表現をしなくてはいけない部分です。マンリーコで言うと、有名なアリア〈見よ、恐ろしい炎〉で、母親が囚われ、火刑に処されようとしていることを知り、彼女を救うために戦いへ向かう。その場面でエネルギーが一気に爆発します。マンリーコの感情が頂点に達するような場面ですね」

笛田の強みは、そんな強烈な役柄にも入りこめるところにある。
「日本人の感覚から遠いと言っても、僕にとってはそんなに難しいことではないんです。この人はこういう人間だと思ったら、その役にすっと入れちゃうんですよ。《ラ・ボエーム》のロドルフォとマンリーコでは、歌い方はたぶん全然違いますが、意図的に変えたりはしていません」
すごい才能である。やはり日本人離れしていると言っていいのではないだろうか。
《イル・トロヴァトーレ》は、ストーリーの連続性より「場面」が重視されるオペラでもある。演出の髙岸未朝は、物語を熱心に説明するより「場面場面の人間関係を感じてほしい」と語るが、それは笛田の思いとも重なる。
「頭で考えるのではなく、音楽やドラマ、歌っている人たちのエネルギーとか、そういうものをダイレクトに感じてもらえた方が楽しめると思います。芸術は勉強ではないので」
ヴェルディの音楽を、その熱気を体で感じる、この秋最高の機会である。
取材・文:加藤浩子 写真:阿部章仁
(ぶらあぼ2026年10月号より)
2026年度 全国共同制作オペラ
ヴェルディ:歌劇《イル・トロヴァトーレ》新制作
(全4幕/イタリア語上演/日本語・英語字幕付き)
2026.10/18(日)14:00 金沢歌劇座
11/8(日)14:00 枚方市総合文化芸術センター
11/21(土)14:00 東京芸術劇場 コンサートホール
11/29(日)14:00 新潟県民会館
演出/髙岸未朝
指揮/飯坂 純(石川、大阪、新潟)、熊倉 優(東京)
管弦楽/オーケストラ・アンサンブル金沢(石川)、大阪フィルハーモニー交響楽団(大阪)、ザ・オペラ・バンド(東京)、新潟セントラルフィルハーモニー管弦楽団(新潟)
出演
マンリーコ:笛田博昭★♦
レオノーラ:佐藤康子★、木下美穂子♦
アズチェーナ:清水華澄★、谷口睦美♦
ルーナ伯爵:青山 貴★、大西宇宙♦
フェランド:三戸大久★、田中大揮♦
イネス:梨谷桃子★♦
ルイス:中井亮一★♦ 他
★=石川、新潟 ♦=大阪、東京
問:金沢芸術創造財団076-223-9898(10/18)
枚方市総合文化芸術センター本館072-845-4910(11/8)
東京芸術劇場ボックスオフィス0570-010-296(11/21)
新潟県文化課025-280-5139(11/29)
https://www.geigeki.jp/special/trovatore/

