音楽と言葉が導く、新たな風景
平野和 バス・バリトン・リサイタル

©武藤 章

 ウィーンを拠点に活動するバスバリトン平野和(やすし)のリサイタル。プログラムに並ぶのは、マーラー、デュパルク、そして日本のロックバンド「くるり」の楽曲。一見すると意外な組み合わせにも映るが、平野にとっては自然な流れから生まれた構成だという。

 ウィーンでアルバム・レコーディングもしている「くるり」。ヴォーカルの岸田繁との出会いも、10年ほど前のウィーンだった。以来交流が続いている。

 「いつか岸田さんに歌曲を書いていただきたいという思いがあります。でもその前に、まずはくるりの曲を。今回のプログラムにも合うと思いました」

 ただ、平野はあくまで一人の声楽家として楽曲に向き合う。

 「声楽家として、なるべく言葉のリズム、言葉が正確に伝わることを重視しています」

 長くウィーンに暮らした経験は、日本語への感覚にも変化をもたらした。

 「外国語をしゃべり始めて、日本語への意識が変わりました。音の響き、発音時のポジションを意識するようになった。日本語や日本の文化の美しさに気づいたんです」

 今回は〈宿はなし〉〈ブレーメン〉などを歌う。オケやバンドのスコアをもとに新たに制作したピアノ版を、作曲者の岸田本人が監修する。

 一方で、プログラム全体の出発点はマーラーだった。

 「前半は『子供の不思議な角笛』から6曲。以前から歌い込んでいる歌曲集です。そこに何を合わせるか。デュパルクを演奏会で取り上げたいという思いがずっとありました。以前は自分のテクニックがまだ追いついていない感覚があったのですが、声が成長して、公の場で取り上げる自信がついてきた。しかもデュパルクは、フランス歌曲の中でもドイツ音楽との相性が良いと感じられます」

 選曲の背景には、いまの平野が感じている時代感覚もある。

 「コロナ禍以降、民族同士も人間同士も分断されて、富める人は富み、貧しい人はより貧しくなる。すごくフェアじゃない世の中だと感じ続けています。『子供の不思議な角笛』には、そんな不条理の核心をシニカルに突くものが多く、私の心を強く揺さぶるのです」

 振り返れば、並べた曲たちが、平野の中でひとつのビジョンを結んでいた。

 「それぞれの曲の風景がものすごくクリアに見えたんです。その風景が、私というフィルターを通して、東京という場所でどう見えてくるのか。それを自分自身が一番見てみたいし、ぜひそこへ、みなさまをお連れしたいと思っています」

 音と言葉のあいだの風景が、歌の旅へと誘う。

取材・文:宮本 明

平野 和 バス・バリトン リサイタル
2026.8/15(土)14:00 渋谷区立文化総合センター大和田 さくらホール
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212
https://www.japanarts.co.jp