人と地域を繋ぐオペラ――日本初演から20年、山形・長井に響く《ゼッキンゲンのトランペット吹き》

 山形県長井市で2006年に日本初演が行われたネッスラー作曲のオペラ《ゼッキンゲンのトランペット吹き》が、20年ぶりに同地で再演される。長井市はドイツのバート・ゼッキンゲン市と1983年から姉妹都市となっており、その縁でこの忘れられたオペラの日本初演が叶った経緯がある。今回の長井市での20年ぶりの再演には、指揮の佐藤正浩、演出の粟國淳、タイトルロールの黒田祐貴など、現在の日本オペラ界を代表する才能が結集した。長井市民文化会館ホールで行われた最終総稽古(ゲネラルプローベ)を取材した。
(2026.9/3 長井市民文化会館ホール 取材・文:室田尚子 撮影:阿部章仁)

黒田祐貴(ヴェルナー)
中央左:高橋洋介(コンラディーン) 

 物語の舞台は三十年戦争が終わって間もない1650年ごろのドイツ。全体は序幕・第1幕・第2幕・第3幕の4つの部分から成り、序幕の舞台は大学都市ハイデルベルクだ。学生と傭兵の2つのグループが酒を飲みながらどんちゃん騒ぎするシーンはホフマン物語のプロローグを思い起こさせる。

 主人公のヴェルナーはハイデルベルク大学で学ぶ学生だが、この騒ぎで退学になり放浪の旅へ。そしてやってきたゼッキンゲンの街で、農民たちの暴動から救い出した男爵令嬢のマリアと出会い、運命的な恋に落ちる。しかし、マリアの叔母である元ヴィルデンシュタイン伯爵夫人は彼がマリアに近づくことを許さない。マリアを、ヴィルデンシュタイン伯爵の息子ダーミアンと結婚させようと考えている父男爵も、二人の仲を知って激怒し、ヴェルナーを追放してしまう。この時ヴェルナーが歌うのが、このオペラ最大の聴きどころである「別離の歌」だ。

 その後、城が農民たちに包囲されるという危機に見舞われるが、傭兵たちと共にヴェルナーがやってきて反乱軍を蹴散らす。その最中に負傷したヴェルナーの腕にあるアザを見て、彼が幼い頃ジプシーにさらわれた叔母と伯爵の本当の息子であることがわかり、ヴェルナーとマリアはめでたく結ばれる。

 全体はアンサンブルや合唱、アリアが満遍なく配置され、音楽的な成熟度は非常に高い。注目すべきはアリアの代わりに楽譜に書かれている「リート」というタイトル。例えば第2幕、ヴェルナーが庭でマリアのために新しい愛の歌を作曲する場面があるのだが、ここでの「リート」は、まさに言葉が描く世界を音楽で表現するドイツリートの音楽観が反映されている。イタリア・オペラの「アリア」のように感情が昂っていくにつれてメロディが大きな山を描くのではなく、素朴な民謡風のメロディに言葉がしっかりと嵌め込まれていくスタイル。それだけに歌手の表現力が重要になってくるが、ヴェルナー役の黒田祐貴は、ドイツリートの基本をしっかりと踏まえた歌唱で見事に幾つもの「リート」を歌い切っている。

左より:三宅理恵(マリア)、黒田祐貴(ヴェルナー)、山下牧子(元伯爵夫人)、奥秋大樹(シェーナウ男爵)

 このオペラが初演されたのは1884年、ワーグナーが亡くなった一年後にあたるが、世紀転換期へと向かい音楽史的には大きな変革の時代にあって、本作が同時代の他のどんな作品とも似ていないことに注目したい。調性音楽の限界からの新しい作曲技法への挑戦や管弦楽の巨大化といった音楽史全体の流れ、あるいはイタリアでヴェルディが行っていたドラマ性を全面に押し出すオペラ創作とはまったく別の場所で、このオペラはドイツの民謡的な要素や当時の大衆音楽の持つポピュラリティを巧みに取り入れながら、美しく、かつわかりやすい音楽で人々を魅了していたのだ。そこからは「古き良きドイツ」に対する視線も感じることができる。

 粟國演出は、この「古き良きドイツ」を舞台上に描き出すことに力点が置かれている。装置は上手と下手に置かれたスクリーンと、舞台奥に垂れ下がる細かいすだれのようなカーテンのみ。そこにハイデルベルクやゼッキンゲンの風景、男爵邸の内部を描いた映像が映し出される。この映像は、よくあるCGではなく、実際の風景を描いた絵画や写真をもとにつくられているそうで、こうした細部へのこだわりが舞台全体のクオリティを上げるのに大きく貢献していた(美術は横田あつみ)。

廣川みくり、池田武志

 前述の黒田をはじめ、歌手のクオリティは非常に高い。マリア役の三宅理恵は透明感のある高音が魅力のソプラノだが、第3幕冒頭のアリア〈愛が失われ、幸せが消え〉など、その美点が最大限に活かされた歌唱を披露。その他の役も、傭兵楽士のコンラディーンの高橋洋介や元伯爵夫人の山下牧子、シェーナウ男爵の奥秋大樹などいずれも芸達者、芝居巧者が集められており、主役の若いふたりを演技面からも支えている。特筆すべきはダーミアン役の宮里直樹で、今や日本を代表するプリモ・ウォーモである宮里を、「おバカ王子」役でキャスティング(しかも出番はソリストの中ではいちばん少ない!)するところがまた贅沢で心憎い。リヒャルト・シュトラウス《ばらの騎士》が好例だが、こういう「チョイ役」をスーパーテノールの声で聴けるのは、オペラのまた違った楽しみ方でもある。

手前左より:高橋洋介(コンラディーン)、黒田祐貴(ヴェルナー)、鈴木集(ヴィルデンシュタイン伯爵)、宮里直樹(ダーミアン)、奥秋大樹(シェーナウ男爵)、三宅理恵(マリア)、山下牧子(元伯爵夫人)

 日本初演の指揮も担当した佐藤正浩が、明快でキビキビとした音楽を山形交響楽団から引き出している。ホール自体それほど大きくはない上に、前列客席を潰してピットを設けているため、オーケストラの音響のコントロールが難しいと思うが、さすがに劇場経験豊富な佐藤、そのあたりに抜かりはまったくない。また、第2幕で男爵の誕生日を祝う五月祭の場面には、伝統に則ったバレエのシーンがあり、元新国立劇場バレエ団の廣川みくりと池田武志のふたりが、実に繊細で美しい踊りを見せてくれたことも印象的だった。

 知られざる作品を実際に舞台上演するには、資料をどう扱うかなどさまざまな問題がつきまとうが、公演総監督の瀧井敬子による綿密な研究の成果に基づく監修によって、プロダクションとしての質はしっかりと担保されている。市民公募による合唱団や地元スタッフの起用など「町おこし」としてのオペラの意義も十分に感じられる。オペラという芸術が、音楽で人を繋ぎ、またそのことでオペラ自体も生きていくということを実感できる貴重な公演である。

日本初演20周年記念 特別公演
オペラ《ゼッキンゲンのトランペット吹き》


2026.9/5(土)、9/6(日)各日14:00
長井市民文化会館ホール
 

総監督:瀧井敬子
指揮:佐藤正浩
演出:粟國淳
 
ヴェルナー:黒田祐貴
マリア:三宅理恵
コンラディーン:高橋洋介
元伯爵夫人:山下牧子
シェーナウ男爵:奥秋大樹
ダーミアン:宮里直樹
 
管弦楽:山形交響楽団
合唱:長井バート・ゼッキンゲン記念合唱団2026
ダンサー:廣川みくり、池田武志
 
問:長井市ブランド戦略課0238-82-0030
https://www.city.nagai.yamagata.jp
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