秋山和慶が託した響き――
岡山フィル×尾高忠明 悲願のサントリーホール|公演レビュー

©️JUNICHIRO MATSUO

文:林 昌英

 1992年創設の岡山県初のプロ楽団、岡山フィルハーモニック管弦楽団が、5月9日の東京特別公演で、サントリーホールの舞台に初めて登場した。

 2013年にハンスイェルク・シェレンベルガーが初の首席指揮者に就任、2022年からは故・秋山和慶がミュージックアドバイザーを務めた。秋山が最後に手塩にかけた楽団のひとつで、今回のサントリーホール公演は、秋山が直接計画した最後の公演だったという。しかし残念ながら2025年1月の急逝で叶わず、代わりに秋山とゆかりの深い名匠・尾高忠明がその大役を務めた。

 尾高と岡山フィルも初共演が2007年とのことで、関係性は長いが、今回は秋山の思いも継いで、秋山・尾高両氏が得意とする、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番と交響曲第2番を聴かせた。

 サントリーホール公演は満席に近い客入り(舞台背後の2階Pブロックは未使用)で、客席は独特の熱気に満ちていた。

 ピアノ協奏曲第2番のソリストは、岡山出身の中桐望。彼女の持ち味は抒情的な美音だが、その中桐の美しいリリシズムと、尾高と岡山フィルの重厚で豊かな歌の融合が胸を打つ。オーケストラは弦に透明感があり、管も隙がない。尾高はその特長を引き出したうえで、あえてたっぷりと歌わせる。フィナーレ楽章の第2主題は近年珍しいほどに大きい構えで作り上げ、ラストの盛り上がりもかなりのもの。中桐のピアノは熱演だが常にコントロールが利き、繊細な箇所、ことに緩徐楽章のシルキーな音色には思わず嘆息。本作でどこか懐かしさを覚えるのは久しぶりの体験だった。ピアニストアンコールはコチシュ編曲のラフマニノフ「ヴォカリーズ」で、これも中桐の美質がよく出ていた。

中桐望 ©️JUNICHIRO MATSUO

 この日は藤原浜雄がゲストソロコンサートマスターを務め、彼独特の間合いでオーケストラをまとめていた。楽団の若い首席奏者の以外にも要所に他の楽団で長くトップを務めたベテランが座った。彼らは東京公演用のゲストではなく、通常の岡山での定期公演にも継続的に参加しているとのこと。岡山フィルはそういった経験豊富な奏者と共に、楽団の地力を着々と付けてきたのである。何よりもそのことはこの日の演奏でも明らかで、賛助出演奏者も含めていびつに浮くことなく、完全にこの楽団ならではの純度の高い音にまとまっていたのである。大曲にはまだ多くの賛助が必要ではあるが、この公演を機に岡山から全国区に知られる楽団として土台を作って、団員を増やしていくことも見据えており、その希望が十分に感じられるステージとなった。

©️JUNICHIRO MATSUO

 交響曲第2番は尾高忠明と岡山フィルの美質が最高度に発揮され、実に感動的だった。序奏の弦から響きが深く、ヴィオラの高音もきれい。主部では慣れないホールでわずかなずれが生じかけても一瞬でまとまり、一体となった高揚感もすばらしい。スケルツォは落ち着いたテンポでじっくりと堅実に進む。ここまでの流れでアダージョ楽章に期待が膨らんだが、果たしてこの日の白眉となった。開始の弦の温かい音色、クラリネットの芯のある音の美しさ、緻密に書き込まれた伴奏のバランスも理想的。繊細な場面も、尾高は奏者をナーバスにさせないように柔軟に導き、頂点への雄大な盛り上がりも特筆もの。フィナーレもじっくり弾けるテンポ感だが、推進力があふれる。もはや指揮は激さずとも大変な鳴りっぷり。円熟の極みのタクトでの“ラフ2”、こういう演奏を聴きたかった!と心から満喫した。

尾高忠明 ©️JUNICHIRO MATSUO

 何よりもマエストロの至芸というべき指揮ぶり。省エネにも見えるような無駄のなさだが、わずかな肩の動き、手のひらや指の角度を少し変えるだけでも、すべて強いメッセージになっていることに驚嘆。集中した一挙手一投足からスコアの音符や指示が目に見えるかのようで、その通りに音化されていく。“スコアが体に入っている”とはまさにこのこと。この曲を得意とするマエストロならではの至芸、ではあるのだが、それでも常にここまでの表現を引き出していただろうか。あまり情緒的なことを強調するのは本意ではないが、やはり今回ばかりは、秋山和慶が最後に鍛えた岡山フィル、そのサウンドを受けた尾高の動きに、秋山の思いも自ずと乗っていたのではないだろうか。

 尾高はカーテンコールで穏やかに客席にこう語りかけた。「疲れました(笑)。でも秋山先生がプッシュしてくださいました。……天国に行っていただきたい」。そうして始まったアンコールは、エルガーの「ニムロッド」。穏やかだがしみじみと、ハートはこの上なく熱く、奏でられた。

 一つの節目を成功裏に終えた岡山フィル、さらなる展開に注目していきたい。

©️JUNICHIRO MATSUO

【Concert Information】
岡山フィルハーモニック管弦楽団 東京特別公演
2026.5/9(土)14:00 サントリーホール

出演
尾高忠明(指揮)
中桐望(ピアノ)
岡山フィルハーモニック管弦楽団(管弦楽)

プログラム
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
ラフマニノフ:交響曲第2番

【次回公演案内】
第89回定期演奏会・第4回津山定期演奏会
2026.7/26(日)14:00 岡山/津山文化センター

出演
大友直人(指揮)

プログラム
ベートーヴェン:プロメテウスの創造物序曲
ベートーヴェン:交響曲第1番
ベートーヴェン:交響曲第7番

問:岡山フィルハーモニック管弦楽団事務局 086-234-7177
https://www.okayama-symphonyhall.or.jp/okaphil/


林 昌英 Masahide Hayashi

出版社勤務を経て、音楽誌制作と執筆に携わり、現在はフリーライターとして活動。「ぶらあぼ」等の音楽誌、Webメディア、コンサートプログラム等に記事を寄稿。オーケストラと室内楽(主に弦楽四重奏)を中心に執筆・取材を重ねる。40代で桐朋学園大学カレッジ・ディプロマ・コース音楽学専攻に学び、2020年修了、研究テーマはショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲。アマチュア弦楽器奏者として、ショスタコーヴィチの交響曲と弦楽四重奏曲の両全曲演奏を達成。