文:白沢達生
5月といえば、現代日本では大型連休の賑わいとともに始まる月。気温上昇とあいまって心浮き立つ思いの人も多い時期ですが、この5月はヨーロッパでも飛びぬけて多くの芸術作品が捧げられてきた月の一つでもあります。
音楽でもシューマンの連作歌曲「詩人の恋」を筆頭に、地域と時代を問わず「5月」を題材にした作品は枚挙に暇がありません。ヨーロッパの国々は全体に日本より北寄りに位置していることを思えば、この東西での符合は少し不思議な気もしますね。
とはいえ、地球上で北に行くほど春が遅くなるのはごく自然なこと。大気が温まって植物がいっせいに色づき花が咲き乱れる、本格的な春が5月になる地域がヨーロッパには多いのです。逆に冬には寒さに加えて悪天候や雪害にみまわれ、何か月もすっきりしない日々を余儀なくされます。だからこそ、ようやく訪れる春と不可分な5月は喜ばしい月なのです。
その瑞々しさに触発され、芸術家たちは自然の彩りや季節の行事を題材として盛り込み、5月にまつわる作品を続々と残してきました。その伝統は何世紀も遡ることができ、春分と夏至の中間点である5月1日の祭りや鷹狩りなどもこの月を象徴するモチーフとして頻繁に登場します。

「5月」(1412~16頃)
パリ郊外シャンティイ城コンデ美術館所蔵
スポーティな楽しみの一つだった鷹狩りに勇んで繰り出す貴人たちの姿。
北イタリアのモデナにあるエステンセ図書館には、13世紀のフランス北部アラスの修道院にいた修道士 モニオ・ダラス(1213–1239頃活躍)が綴った「それは5月のことでした Ce fut en mai」という歌を書きつけた写本が残っています。5月の晴天につられて朝から散歩していると、泉のそばで恋の炎を燃やす男女がいて……という歌です。同じ頃の南フランスにいた詩歌人ランボー・ド・ヴァケラス(1180 – 1207頃活躍)の「5月のはじめに Kalenda maya」もこの月と恋を絡めた歌ですが、その詩はうららかな春の日の景色とは裏腹に、恋の悩みで晴れない心を詠ったものとなっています。
ルネサンス期のフランスを代表する詩人ロンサールも、この月を女性への思いと結びつけて詠いました。同世代の作曲家フィリップ・デ・モンテ(1521-1603)は、美しい貴婦人への悩ましい思いを綴った「5月の最初の日にあって Premier jour du mois de May」と始まる1編を細やかな多声楽曲に仕立てています。

「心浮き立つ緑に彩られ……楽しい歌が再び続々と……」といった詩句が添えられている。
桜にまつわる日本の歌で別れの寂しさを暗示するものが多いように、春の喜びはしばしば思い通りにならない恋の悩みを表現する手段にもなりました。さきに言及したシューマン(1810-1856)の連作歌曲「詩人の恋 Dichterliebe」(1840)も、第1曲で歌われる5月の喜びが満たされぬ恋心を対照的に引き立てる、いかにも皮肉な詩人らしいハイネの詩句が活きた作品になっています。ブラームス(1833-1897)若き日の「5月の夜 Die Mainacht」(1868出版)もそうですが、これは作曲される何十年も前、ハイドンやモーツァルトの時代に綴られた歌詞の詩に負うところも大きいのでしょう。その作者へルティはゲッティンゲン大学の若き詩人サークル「ゲッティンゲンの森の同志たち」の一員で、齢25で早世するまで自然描写をさりげなく心情表現と同居させた詩を多く残しました。ちなみにシューベルト(1797-1828)もへルティの「5月の歌 Mailied」という共通の題を持つ二つの詩に何曲も異なる曲を付けていますが、そのうちの2曲(D 199, D 202)は新緑や鳥のさえずりに彩られた春の屋外をイメージさせるべく、狩猟の道具から発展したホルンに特徴的な音型をうまくあしらっているのが印象的です。
18世紀当時ゲッティンゲン大学の詩人たちと交流を持っていたのが、後にスウェーデン王室に迎えられたドイツ人作曲家ヨーゼフ・マルティン・クラウス(1756-1792)。モーツァルトと同い年の彼が1783年に書いた歌曲「わが乙女に An mein Mädchen」にも、想いを寄せる少女の所作に無垢の美を感じて繰り出される賛美の中に「その微笑みは5月に咲き誇る花々より神々しく……」という言葉を見出せます。へルティと同世代のゲーテも、青年期と60代の頃にそれぞれ1作ずつ、「5月の歌 Mailied」と題した詩で男たちの若い女性への恋慕を5月の自然と結びつけており、これらには同時代のツェルターやライヒャルトからベートーヴェン、メンデルスゾーン姉弟を経てヴォルフ、ゾンマー、シェーンベルクやプフィッツナーに至るまで、19世紀を通じて多くの作曲家たちが喜悦に満ちた曲を付けました。

日照時間が短い北欧にあっては、5月は太陽の輝きを浴びられる時間が長くなってくる時期。ベートーヴェンの時代にデンマークで活躍した作曲家フリードリヒ・クーラウ(1786-1832)による北欧合唱曲の古典的名品「5月の歌 Majsang」は、太陽の恵みをしみじみ喜ぶ穏やかな曲調が魅力です。シベリウス(1865-1957)の「5月 Maj」(1909)も、ほんの少し前までの寒さの中では信じられなかった太陽や自然の輝きへの賛美が続きます。しかしスカンディナヴィアの夏は本当に短く、同じ頃スウェーデンの作曲家ヴィルヘルム・ペッタション=ベリエル(1867-1942)が書いた「ムンガの5月よ Maj i Munga」(1910)では、光と喜びに満ちた5月を絶えず秋が「おまえはやがて負けるのだ」と脅します(希望と哀しみが相半ばする音作りが見事)。
北国における、本格的な雪解けの季節としての5月も見過ごせません。ラフマニノフ(1873-1943)の「春の流れ Spring Waters」(1896)は、まだ雪に覆われた5月の景色の中、勢いよく流れてゆく奔流を描いた詩(作者は19世紀前半に在ミュンヘン外交官を務め、ハイネとも交流のあった辛辣な詩人フョードル・チュチェフ)に曲をつけたもので、ピアノ・パートがくりだす激しい分散和音の連続が雄大・豪放なロシアの自然を彷彿とさせてやみません。

5月をうたった美しい詩がたくさんあるおかげで、5月にまつわる音楽は声楽作品が目立つのですが、器楽曲でも心に残る作品があります。1年の12か月にそれぞれ曲をつけたファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル(1805-1847)のピアノ曲集『一年 Das Jahr』(1841)では、短調の影さす表現が美しい3月と6月の間にある4月と5月の晴朗さが際立ち、2曲のうちでも5月の方が活気ある曲になっています。チャイコフスキー(1840-1893)の連作『四季 The Seasons』(1876)も同じように3月と6月が短調、4月と5月が長調ですが、そこでは「雪割草 Snowdrop」と題された4月に対して5月には「白夜 White Nights」の題があり、こちらの方が静かでゆったりしています。スペイン人作曲家フェデリコ・モレノ=トローバ(1891-1982)がギターのために書いた性格的小品集の1曲「5月 Los Mayos」(1903)も、イベリア半島の賑やかな五月祭を連想させる華やぎが心に残る一編に仕上がっています。
器楽形式ながら終わり近くに合唱が入るショスタコーヴィチ(1896-1975)の交響曲第3番(1929)にも言及しておきましょう。この曲は若き作曲家がソ連当局の労働者革命賛美のため委嘱に応えて書いた第2番に続き、労働者の祭典であるメーデーを極度に華々しく祝う明朗な曲として書かれました。屈託ない社会主義礼賛だったわけですが、19世紀末のアメリカで起こった大規模ストライキに由来するこの祭典がソ連政府を称揚する権威的祭礼へと変質してゆく中、後に作曲者は妙に楽天的なこの作品を苦々しく思うようになったそうです。
春の暖もりと輝きを素直に歓迎しにくいのは、恋に悩む者ばかりではない――自然の恵みが経験から生まれる複雑な思いと擦れあう心象もまた、日本でいう「五月病」の季節と不可分なのかもしれません。5月に咲き誇る薔薇のようであったマリーという女性の早世を悼むロンサールの古い詩を歌詞にしたアルフレッド・カゼッラ(1883-1947)の歌曲「ソネット Sonnet」(1910)を聴きながら、この記事を締めくくらせていただきます。

ニーダーザクセン・シュパルカッセン財団所蔵
※プレイリスト内や定額配信などで見つけやすくするため、曲名にローマ字表記を併記しました(一部原語でないものあり)
