京都コンサートホール発! 16名の豪華執筆陣によるエッセイ集『超楽器』

開館30周年記念、館長・鷲田清一&プロデューサー・高野裕子が編み上げた渾身の一冊

 京都コンサートホールが昨年、開館30周年を迎えた。1995年に京都・北山の地に開館した同ホールは、磯崎新の設計による、円筒と直線・曲線を組み合わせ、京都という歴史ある都市の文脈を読み込み伝統と革新の調和として結実させた建築がまず印象的だ。足を踏み入れれば大ホールとアンサンブルホールムラタ(小ホール)に向かう螺旋状のスロープが期待感を高める。オルガンを配したシューボックス型の大ホール、どこか宇宙空間を思わせるアンサンブルホールムラタ共々視覚・聴覚の両面で来場者を満足させてくれる。まさに京都の音楽文化の「顔」だ。そして同ホールは公益財団法人京都市音楽芸術文化振興財団が運営し、京都市交響楽団が定期公演を行うほか、充実した内容の自主企画を発信し続けている。開館10周年を機に設立された京都市ジュニアオーケストラの活動もそのひとつだろう。

京都コンサートホールの外観。
建物を構成する3ブロック(大ホール、アンサンブルホールムラタとホワイエ)は、
京都固有の3つの軸線(平安京の条里、北山通、賀茂川)に沿って配列されている。

 その京都コンサートホールが、開館30周年を記念して『超楽器』と銘打たれた書籍を出版した。記念出版と言えばホールの活動記録を振り返る内容が連想されるが、本書はまったく違う。ひとことで言えば、16人の筆者による音楽とコンサートホールをめぐるエッセイ集だ。筆者の顔ぶれは広上淳一佐渡裕沖澤のどか通崎睦美らクラシック音楽家、くるりの岸田繁岡田暁生小沼純一ら音楽学者/批評家、作家の堀江敏幸、美術・文化研究の彬子女王、文芸評論家の三宅香帆、人類学者の山極壽一や能楽師の金剛永謹など多分野にわたる。それぞれの内容は沖澤のように京都市交響楽団を通じ直接京都コンサートホールに関連する内容もあれば、音楽家あるいは聴衆としての回想や随想、コンサートホールと聴衆論、音楽に関する根源的な考察まで多岐におよぶ。以上の各編は「律動」「旋律」「交響」の3章に振り分けられている。京都コンサートホールに直接言及していないものもあるが、一方「間奏曲」として五十嵐太郎豊田泰久による磯崎建築に関するドキュメンタルな記述がある。

 この異色の構成は、編著者である京都コンサートホール館長の哲学者・鷲田清一と同ホールプロデューサー・高野裕子による。キーワードはタイトルとなっている「超楽器」で、これは磯崎新が開館25周年の際に寄せたメッセージ中の言葉に由来する。磯崎はコンサートホールを、「それ自体が響きを生み出すひとつの大きな楽器」と定義し、Hyper Instrument=超楽器と呼んだ。2人の編著者は、この概念を「奏でられる音楽、さらにはそこに集う人びとの活動まで」含めたものと考え、京都コンサートホールを、音楽をめぐる人間活動が交響する空間/場としてとらえている。ならばその活動の蓄積を書籍の形で人々に伝えるために、編年体の記録集よりも、そのような場としてのコンサートホール、そして音楽そのものについてのことば/物語が交響するような書籍こそがふさわしい。身体をイメージとしてとらえる哲学者・鷲田ならではの、コンサートホールが無前提の音楽の容れ物ではなく、それをめぐる多くの言説がコンサートホールの「像」をつくりあげてゆく、という発想が生きた書物だと言える。そこには、現場で9年間活躍し、まさしくコンサートホールという交響する場を実践してきた高野の視点もまた、生きているのだろう。

左:高野裕子(京都コンサートホール プロデューサー) 右:鷲田清一(京都コンサートホール 館長)

 本書の出版にあたり行われた記者懇談会で筆者は編集部を通じ、京都の街全体に広がるホールの活動と、ジャンルを超えた音楽活動の可能性について聞いた。前者は「Kyoto Music Caravan」のような形で既に実践の途につき、後者も前向きな回答が得られたが、その可能性は本書における鷲田館長のエピローグの次の言葉に暗示されていると言えよう。「音楽の館でありまた火床ともいうべきコンサートホールはしたがって、完成された様式としての『正調』と『格式』を守るだけでは足りない。」身体、楽器、聴衆、スタッフ、そして建物自体が音楽で共鳴するホールの現在と未来が、この書物に凝縮されている。

文:矢澤孝樹


超楽器
鷲田清一、高野裕子 編
世界思想社 ¥2200


矢澤孝樹 Takaki Yazawa

1969年山梨県塩山市(現・甲州市)生。慶應義塾大学文学部卒。水戸芸術館音楽部門主任学芸員を経て現在ニューロン製菓(株)及び(株)アンデ代表取締役社長。並行して音楽評論活動を行い、『レコード芸術online』『音楽の友』『モーストリークラシック』『ぶらあぼ』『CDジャーナル』にレギュラー執筆。朝日新聞クラシックCD評選者および執筆者。CD及び演奏会解説多数。著書に『マタイ受難曲』(音楽之友社)。ほか共著多数。