“悲劇演出家”が喜劇オペラを手がける〜2025年度 全国共同制作オペラ《愛の妙薬》記者会見

左より:糸賀修平、宮里直樹、高野百合絵、杉原邦生、大西宇宙、池内響、秋本悠希

 11月より東京、大阪、京都にて上演される2025年度 全国共同制作オペラ 歌劇《愛の妙薬》の記者会見が都内で行われた。全国共同制作オペラは各地の公共ホール・芸術団体が連携し、新演出のオペラを共同制作して国内巡演を行う、2009年度にスタートしたプロジェクト。音楽分野以外のジャンルで活躍する演出家を起用してクリエーションを行うことが特徴の一つだ。

 今回、白羽の矢が立ったのは、ギリシャ悲劇から歌舞伎、現代劇まで幅広いジャンルを手掛ける演出家、舞台美術家の杉原邦生。演出家を目指していた大学時代、特に欧米の著名な演出家がオペラを手がけていることに気づき、「いつかオペラを演出してみたい」「オペラ演出は通るべき道」と思っていたという。

杉原邦生

「お話をいただいた時に、昨年、東京芸術劇場で5時間もの(木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』)を上演したので、もしかしたら長尺ものかな、《ニーベルングの指環》とかがくるのかな? と思ったら喜劇。普段は悲劇ものを演出することが多く、自分でも“悲劇演出家”と思っているくらいで意表を突かれたというか意外で、挑戦しがいがあるなと思いました」

 自身が作品を創る上で大事にしていることに「音楽性」をあげた。
「電話帳かと思う厚さの楽譜を渡された時、もちろん物語も大事なのですが、やはりオペラは音楽が主体なのだと思いました。自分が演出するときも音をすごく意識しています。ギリシャ悲劇やシェイクスピア作品も韻文で、言葉のリズムを意識して書かれています。歌舞伎もそうですが、古典と呼ばれる演劇は音楽性を持っていて、僕はそこをすごく大切に、作品が一曲の音楽になるように意識しています。その点は今回にもいかせそうで、オペラ演出を身近なものに感じました」

 ピンクを基調としたチラシビジュアルも印象的だが、演出のイメージは《愛の妙薬》をはじめて観た時のインスピレーション「カワイイ」がもととなっている。

チラシビジュアル

「シェイクスピアの喜劇のような古典劇の雰囲気もあり、登場人物たちがみんな可愛らしい。“カワイイ”という言葉は、アイドルやキャラクター文化によって世界中に知られているグローバルな言葉。例えば『気持ち悪い』というネガティブな言葉に、『カワイイ』をつけることによって『キモカワイイ』というポジティブな言葉になるように、多様性社会でさまざまなものを肯定する、認める言葉として受けいれられている。
 《愛の妙薬》は男女の恋愛の話が描かれていますが、『カワイイ』をキーワードに、そこにジェンダーレスな要素も加えていきながら、現代(いま)のお客さまにダイレクトに伝わる作品にしていけたらと考えています」

 ものがたりは、美しく気まぐれな農場主の娘アディーナと、彼女に恋する不器用な青年ネモリーノが、偽の惚れ薬“愛の妙薬”によって結ばれるロマンティック・コメディ。出演者を代表して登壇したのは、アディーナ役の高野百合絵、ネモリーノ役の宮里直樹(東京・大阪)と糸賀修平(京都)、アディーナを口説こうとする守備隊の軍曹ベルコーレ役の大西宇宙(東京・大阪)と池内響(京都)、アディーナの友達の村娘ジャンネッタ役の秋本悠希。それぞれにいまの想いを語った。

高野百合絵

高野「東京でのオペラは7年ぶり、堺では初めてです。オペラ作品の中では珍しくハッピーエンドの物語。お客さまには終始クスッと笑えて心温まる楽しい時間を過ごしていただけるように演じたいです。
 それぞれの作品に挑戦するときにはいつも、その役の声というよりも自分の声で表現することを心がけています。今回はじめてのベルカント・オペラで、アディーナは軽さに力強い歌声が必要です。テクニックが求められる役なので、これからマエストロとも一緒にたくさん勉強したいです」

宮里直樹

宮里「《愛の妙薬》は一番好きなオペラで、自分のコンサートなどでも歌ってきましたが、1本まるまる演じるのは2回目で9年ぶりです。これまでにいろいろなテノールの役を演じてきましたが、その多くは自分中心のキャラクターが多く、最後まで愛を貫いていない子ばかり…。私が演じた役のなかで、ネモリーノが一途で信念を感じるところが好きです」

糸賀修平

糸賀「一番大事にしていることは、音楽、言葉、物語を皆さんにきっちり伝えることです。そして、このオペラの良いところは誰も死なないところで、最後までとても楽しくいられるところです。こういう作品では稽古場もすごく明るくなる。今回は“カワイイ”がテーマ。何かあるたびに『カワイイ』と言ってその場を楽しんでいきたい」

大西宇宙

大西「シカゴにいた頃、シェイクスピア劇やブロードウェイの方がオペラを演出する現場にいて、こういう異種格闘技のようなコラボレーションが好きです。野村萬斎さん演出の《こうもり》に参加した時、テクストからこういう読み方をされるのかと、ある意味フレッシュな視点での解釈がすごくビビッドにくるところがありました。さきほど伺ったコンセプトはなかなか面白いテーマだったので、互いに触発しあっていい舞台を創りたいです」

池内響

池内「オペラ分野以外の方が演出することが特徴の全国共同制作オペラで、昨年の《ラ・ボエーム》ではマルチェッロ役で出演し、実在するパリの画家・藤田嗣治を演じました。それがまた新鮮で僕はすごく楽しかったんです。そして今回のこのフライヤーのイメージを見た時に、『今年も何か起こるぞ』と心がワクワクしました。ベルコーレ役は初役ですが、カワイイの中にどうはまり込んでいくのか。僕がしたいベルコーレができて、僕たちがしたい《愛の妙薬》ができて、今回にしかできない《愛の妙薬》を各地のお客さまと共有できれば」

秋本悠希

秋本「稽古を通じてそれぞれのキャラクターが、自分たちのそれぞれのかわいさを追求していくことになると思います。コンセプトを伺ったところ、恋愛の矢印が真っすぐだけではなくて、もう1つ、矢印を持っているキャラクターも登場するようです。私の演じるジャンネッタはソリストと合唱をつなぐ役割を持つ役でもあり、歌詞はシンプルな内容を歌うのですが、観ている皆さんに、いまどっちにこの人の心が向いているのかをお伝えできるように演じたいです」

 指揮はベルカントオペラのスペシャリストとしても名高いセバスティアーノ・ロッリが各地のオーケストラと共演。ドゥルカマーラ博士にはミラノ・スカラ座公演などで来日経験もあるセルジオ・ヴィターレが務める。

 質疑応答で演出面について問われた杉原は、「時代と場所の設定は、具体的に置き換えることはしないつもりです。いつも歌舞伎の作品を演出するとき、現在の人が観ても江戸時代の人が観ても、どっちの時代のことだかわからないような設定にしています。日本はいろんな時代がないまぜになっている文化を受容する土壌があるので、今回特に時代設定することはせず、スペインのバスク地方の話だけれども、日本の現代的な娘たちや男性が出てくる、曖昧なところでやっていこうと思っています」と語った。

 杉原とほとんどの出演歌手がこの日に初対面、稽古初日ということだったが、経験豊富な豪華歌手たちとともに並ぶと、それを感じさせない高揚感が伝わってくる。どんな舞台が生まるのか期待して待ちたい。

文・写真:編集部

2025年度 全国共同制作オペラ  
ドニゼッティ:歌劇《愛の妙薬》新制作
(全2幕、イタリア語上演/日本語・英語字幕付き)

2025.11/9(日)14:00 東京芸術劇場 コンサートホール
2025.11/16(日)14:00 フェニーチェ堺
2026.1/18(日)14:00 ロームシアター京都 メインホール

指揮:セバスティアーノ・ロッリ
演出:杉原邦生(KUNIO)

出演
アディーナ:高野百合絵
ネモリーノ:宮里直樹(東京・大阪)、糸賀修平(京都)
ベルコーレ:大西宇宙(東京・大阪)、池内響(京都)
ドゥルカマーラ博士:セルジオ・ヴィターレ
ジャンネッタ:秋本悠希
ダンサー:福原冠、米田沙織、内海正考、水島麻理奈、井上向日葵、宮城優都

合唱:ザ・オペラ・クワイア(東京)、堺+京都公演特別合唱団(大阪・京都)
管弦楽:ザ・オペラ・バンド(東京)、大阪交響楽団(大阪)、京都市交響楽団(京都)

問 東京:東京芸術劇場ボックスオフィス0570-010-296
  大阪:フェニーチェ堺072-223-1000
  京都:ロームシアター京都チケットカウンター075-746-3201
https://rohmtheatrekyoto.jp/lp/the-elixir-of-love2025/